第6話 廃棄ですね
リンツェロイドなんて――。
買う気はなかった。全然。全く。ほんの少しも。
ただ、時間ができて暇だったから、いつも通らない裏道をのんびり散歩してみた。そして〈クレイフィザ〉を見つけた。
ステファンのところの〈キャロル〉が上手に喋り、相槌まで打つのには感心したが、完全な会話が成立する訳でもない。ブロウに対しても基本的な挨拶はするが、ステファンの指示がなければやらない。発せられる言葉の多くは「はい、マスター」「もう一度お願いします」「お仕事を完了しました」云々、そうした程度だ。
「返事をする」ことと「話す」ことは別。
オプションレベルではなく、トーキングロイドと呼ばれるものは語彙もかなり多く、だいぶ「会話に近いこと」をする。だがその段階になると、とてつもなく高価になると聞いた。
トークレベルが低くとも、量産品のニューエイジロイドではなく、証明書つきの「本物のリンツェロイド」を所有できたら話の種になるが、話題や見栄で特注するには、それでも高すぎる。
それに、ブロウのような男独り暮らしだとあらぬ誤解も招く。非正規の改造をしたセクサロイドではないか、などと。
ブロウはダイアナと別れて久しかった。しかしまだ次の恋をする気にはなれずにいた。「いつまでもダイアナを引きずるな」というアドヴァイスもうんざりだが、「リンツェロイドに慰めを得ている」とでも言われたらと思うと、身の毛がよだった。
とにかく、なかったのだ。買う気は。毛頭。
ただ、時間つぶしに、冷やかしに入っただけ。
「いらっしゃいませ」
そのとき、ブロウを出迎えたのは少年のような若い助手ではなく、店の主人だった。
「どうぞご覧ください」
そうとだけ言って、店主はしばらく彼を放っておいた。冷やかしと判るのかな、と思いながらブロウは三次元カタログや、さっぱり理解できない「リンツェ理論」のディスクをつらつら眺めて――ぎくりとした。
とっさに、「暗がりに誰かが立っている」と思ったのは仕方ないことだろう。それがリンツェロイドだと知っていなければ、見られていたと感じるのも、仕方ない。
「うわ」
顔を上げたブロウは、思わず声を出した。
「それ」は動かず、ただじっと前方を眺めているだけだった。
爪のない手先が目立つ。それは間違いなく、ロイド。
「何だ、ロイドか。びびった」
言い訳するように苦笑いして、取り繕い方を探した。
だがそこでブロウは、引きつった笑みも動かしかけた舌も凍らせた。
見たのだ。リンツェロイドの顔を。
二十歳前の少女のような姿。ほっそりとしたあご、肩まであるまっすぐな黒髪、焦げ茶の瞳はどこか理知的。
美少女――とっさにそう思っては、すぐ否定した。
これはロイドだ。作り物。人形。
「〈リズ〉です」
またしても、彼はびくりとした。入店の「いらっしゃいませ」以来ブロウを気にしてなかったと見えた店主が、気付けば背後にいた。
「納品先で、少しトラブルがありましてね。いえ、〈リズ〉に問題があった訳ではありません。注文主の、家庭の事情というやつで」
店主は肩をすくめた。
「〈リズ〉のマスターが彼女を可愛がりすぎたんですね。それでご家族がお怒りで。言うなれば出戻りです。中古という扱いになりますが、これもLJ-5thになります。……どうです?」
そこで彼は〈リズ〉の横に立った。
「おひとつ」
「え?」
ブロウは一瞬、何を言われているのか判らなかった。
「……ま、まさか! 俺には無理だ、リンツェロイドなんて」
それから慌てて、彼は手を振った。「冷やかしだ」と声を大にして言ったようなものだったが、店主は特に嫌な顔はしなかった。
「そうですか。それは残念です」
店主は言った。
「リンツェロイド市場は、中古品に厳しいですからね。自分で細かくオーダーしたい人間が他人のお下がりで満足するはずもなく、ロイドに多くを求めない人間が買うには、中古でもいささか高い。何しろ、最低でも量産品の倍はしますから」
仕方ないですと店主は〈リズ〉の髪を撫でた。
「なかなかの良作ですが。廃棄ですね」
「え?」
ブロウはまばたきをした。
「廃棄、だって?」
彼はつい、聞き咎めていた。
「まさか、捨てるのか?」
「ええ」
あっさりと店主は認めた。
「売れないリンツェロイドをいつまでも飾ってはいられませんから。売るつもりならば売れるまでメンテナンスが欠かせませんが、それには時間も金もかかる。さっさと分解してパーツ屋に売ってしまうのがいちばん」
「ぶ、分解?」
「ええ。パーツになれば売れるんですよ。人間と同じですね」
店主はさらっと、怖ろしいことを言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
「はい?」
首をかしげて店主は聞き返した。
「何でしょうか?」
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