第5話 ただの機械にすぎません
「おそらく、物音に気を取られでもして、外を見たのではないですか。ニューエイジロイドですと物体をきちんと指で差さないと認識しませんが、リンツェロイドは人の視線の先も追います。たまにありますよ。『上ばかり見ていて馬鹿みたいだから直してくれ』ですとか、『猫ばかり見ているがリンツェロイドは猫が好きなのか』ですとか」
お客様がご覧になったんですけどね、と店主は言った。
「もっとも普通は、そうした差異は目立たないんです。判っている人なら、違う『癖』が出たなと思うこともあるでしょう。ただ、『リズではなくなったから戻してくれ』とは言わない」
「す、すんません……」
何だかとても間の抜けた話をしてしまったのではないかと、ブロウはもごもごと言ってうつむいた。
「いえいえ」
いいんですよと店主はまた言った。
「破綻をもたらさない程度のバグを個性と言い、自動的な微修正を『我が家に慣れてきた』と言う。私はそうした声が好きですよ」
ただし、と彼は指を一本立てた。
「あくまでもリンツェロイドは道具です。時に感情が見えるようでも、それはプログラムが出した結果にすぎない。所詮、彼らは」
シュン、と音がしてオートドアが開いた。
「ただの機械にすぎません。感情など持たないんだ。ああ、トール。ご苦労様」
助手が湯気の立つコーヒーカップをトレイについて載せて戻ってきた。
「すまないが、リズを迎えに行ってくれ。ミスタ・ブロウに場所を聞いて」
「はい、マスター」
主人と客人の前にコーヒーカップ、シュガーポット、ミルクポットを置くと、トールはブロウから場所の説明を受け、「引き替え」用のタグを受け取った。
「迎えに」
助手がまた姿を消すと、ブロウは顔をしかめた。
「『迎えに行ってやってくれ』。これはどうにも、人間扱いに聞こえるんだが」
「通報しますか?」
「まさか」
ブロウは手を振った。
「そこまで極端な反ロイド思想の持ち主が、リンツェロイドを買ったり、修理やヴァージョンアップを依頼したり……以前の彼女と違うと言い出したり、するもんか」
「彼女、ですか」
店主は口元に手をやった。
「失敬」
謝られたことで、また笑われたのだと彼は気づいた。
「あ、あんただってさっきからうちの子だのと言ってるだろう。何で俺が言うと笑うんだよ」
顔を赤くしたまま、ブロウは抗議した。
「馬鹿にしている訳じゃありませんよ。先ほども言いましたように、嬉しいだけです」
店主はカップを手にした。
「リンツェロイドは私の子供たちだ。うちの製品ではなくとも、そうですね、親戚や知人の子供という感じがする。リンツェロイドではなく、ニューエイジロイドであっても、得体の知れないジャンクでも。多かれ少なかれ、製作側はそういうものですが」
「そう、なのか」
「ええ。ですが同時に、あれらが所詮機械であるということも、判りすぎるほど判っている。ですから、たとえば恋はしません」
「お、俺だってそういうんじゃないぞ」
慌てたようにブロウは言った。
「お聞きしました。ペットのように可愛がっておいでと」
「その言い方も、何だか気になるが」
「何故です? マシンペットの類は、リンツェロイドよりずっと前から普及していますのに」
「そりゃそうだが、その……」
女の子をペット呼ばわりするなんて、などと口走ることをブロウはどうにか避けた。店主はかすかに笑みを浮かべた。
「さて。一日、リズをお預かりします。いま、同意書をご用意しますので……ああ、先走ってはいけませんね」
ぽん、と店主は両手を打ち鳴らした。
「まだ正式なご依頼をいただいていませんでした」
どうしますかと改めて店主は問い、一万か、とブロウはうなった。
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