第2話 「超」のつく高級品
最新型のアンドロイド、LJ_5th。
リンツェ博士の提唱した理論に研究を重ねられ、「リンツェ博士のアンドロイド」の第一号が作られたのは、もう半世紀以上前のことだ。
目指されたのは、人型を模して二足歩行し、両手に相当する二本を操る、いわゆる「ヒトガタロボット」だった。
だが、それだけではない。そうした試みならば、それ以前からもあった。「ヒト」の形に似ているが、とても「ヒト」とは言えないものならば、存在した。
ドクター・リンツェが目指したのは、「人間のように動き、思考する、人間のようなお手伝いロボット」。
第一号〈イヴ〉は使用者がとても細かく指示をしなければ使えるものではなかったが、改良に改良が加えられ、売りに出されるようになった頃にはずっと賢くなった。「掃除をして」「洗濯をして」というシンプルな命令はもとより、「その辺を片づけて」だとか「あるもので何か作って」だとかいうような曖昧すぎる命令であっても、破綻なく家事をこなせるようになったのだ。
やがて各社は技術を競い、中身のみならず、
人間と見まごうばかりの〈アイラ〉は、ダイレクト社の立役者として、いまでも受付に座っている。
いつしか「リンツェ博士のアンドロイド」は「リンツェロイド」と呼ばれるようになっていた。ただの通称だったそれをダイレクト社が正式採用し、細かい規定を定めて〈リンツェロイド協会〉を設立してからは、「リンツェロイド」は一種のブランドとなった。
もっとも、生憎と言おうかそれは「超」のつく高級品であり、一般庶民にはとても手の出るものではなかった。
やがてニューワールド社をはじめとする数社が庶民向けの大量生産品を完成させる。「ニューエイジロイド」は、リンツェロイドに比べればいくらか性能が劣り、外見に至ってははるかに劣ったが、家電製品に毛の生えた程度の金額で購入することができた。
リンツェロイドやニューエイジロイドは、やがてただ「ロイド」と呼ばれ、すっかり日常に馴染んだ。
超高級品リンツェロイドも、いつまでも「雲の上の人々だけの所有物」ではなかった。「超」は無理でも「高級」くらいならどうにかするのに、という層の需要に、個人工房が応えだしたのである。
個人工房というのは、大会社から独立した技術者や設計者などがかまえる小さな店の通称だ。大企業がブランドイメージのために決して値を下げないのに対し、彼らは注文主の予算や細かい要望に応じてリンツェロイドを作製しては、修理やメンテナンスも請け負った。
パーツは大量生産品に少しアレンジを加えた程度だったが、その中身――外見も――はオプションによって千差万別。
調理に特化したタイプ、子守りに特化したタイプ、トーキングロイドと呼ばれる「お話しロボット」や、歌や踊りをする「芸能ロボット」、表だっては出てこないものの、なくならない需要に「恋人ロボット」――セクサロイドも作られた。
技術は日進月歩で躍進し、リンツェロイドの最新型LJタイプにまでなると、見た目には人間とほとんど区別が付かない。
ただ、犯罪防止のため、リンツェロイドを人間と誤認させること禁じられていた。彼ら、いや、あれらはあくまでも機械であり、道具なのだ。容易に区別ができるよう、手首には個体識別番号の明記が義務づけられており、指先には爪がない。これらは隠してはならないと定められている。
それはつまり、そうとでもしなければリンツェロイドと人間の見分けがつかなくなってきている、ということでもある。昨今は「美女に出会ったらまず爪を確認しろ」などと言われるくらいだ。
トーキングロイドの所有者は悪戯心で友人知人を騙そうとしがちだが、完全には会話が成立しないことや、禁止語がある――「死ね」だの「殺せ」だのという物騒な言葉や差別語、それから「愛する」という言葉は禁じられていた――ことなどから、本当に騙すことはできなかった。厳密に言えば「騙そう」とすること自体が違法行為なのだが、それで罰せられた者はまだいない。
最新鋭のヴァージョンたるLJ_5thが出て、半年。
工房〈クレイフィザ〉は、一見したところ、単なる修理工房だ。
「旧型から最新型まで、ジャンクからダイレクト社製品まで、どんな型式でも直してご覧に入れます」。それが〈クレイフィザ〉の売り。
だがそれだけではない。この工房には、協会の認定する技術士資格一級を持つ「ロイド・クリエイター」または「ロイド・マスター」と呼ばれる人物がいて、一からオーダーを受けて作り上げもする。
しかし生憎と、〈クレイフィザ〉の製品は間々、返品された。
欠陥があるのではない。少なくとも〈クレイフィザ〉の店主にしてクリエイターは、そうは言わない。
彼が意地を張っているのではない。依頼人も苦情は言わない。ただし、依頼人の家族や友人は、言うこともある。
〈リズ〉は、ある事情で返品されたリンツェロイドだった。
店主は、そうした商品を馬鹿みたいな格安で再販してしまう。
もっとも、一度返品された商品は再び売れても、また〈クレイフィザ〉に戻ってくることが、多いのだが。
「――は」
口をぽかんと開けて、男は室内を見回した。
「工房と言うからには機械や部品が大量に転がっているのかと思った」
案内された部屋は、「工場」めいて殺風景ではあったが、彼がイメージしていたような乱雑さはなかった。大きな台といくつかの椅子、稼働を知らせるように鈍く光る生態認証式キーボードと、宙に浮かぶヴァーチャル・ディスプレイがあるばかり。
「そうした部屋もあります」
にっこりと笑みを浮かべて言ったのは、眼鏡をかけ、暗めの茶色をした長い髪を束ねている、四十前後の男だった。白衣姿は、技術者と言うよりも医者という雰囲気を思わせた。
「ミスタ・ブロウ、でいらっしゃいましたね?」
確認するように〈クレイフィザ〉の店主は言った。
「あ、ああ」
パトリック・ブロウはうなずいた。
「〈リズ〉のヴァージョンアップにご不満をお持ちのようですが。どのような不具合が?」
「あれは……」
ブロウは唇を噛んだ。
「リズでは、ないような気がするんだ」
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