第15話 なんだか楽しい……?

 ラッキーカードのおかげで僕はトップで6キロ地点に辿り着いた。

 自転車で風を切りながら非常に快適に距離を稼ぎ、先行く人をすいすいと通り越してゆく気持ちよさは根拠のない優越感を僕に感じさせた。


 が、それもつかの間、正々堂々走っているランナーの一番手、二番手のめっちゃ足の速い人たちはあっという間に僕からも目視で確認できるところまで走り込んできた。


 のんびりしてる暇なんてない。僕は自転車を係の人に引き渡すと再び走り始める。不思議なもので、一度先頭まで来てしまうと今度は追い抜かれる恐怖が出てくる。

 嫌だ、抜かれたくない。

 僕は今まで何かで一番になったことがない。だから、抜かれる恐怖は初めての感じる気持ちだった。

 急がなきゃ、という焦りは僕の手足を動きにくくしたし、身体はさっきよりもはるかに重く感じる。身体全体がうまく動いている感じがしなくなってきた。

 

「悪いな」

「お先に」

 後から走ってくるランナーが追い抜きざまに声をかけてくる。僕はそのままその背を見送るだけだ。仕方ないよな、相手は運動経験者、こっちは素人同然だ。ある意味当然のこととして受け入れるという気持ちはもちろんある。が、なんとなくすっきりしない。

こんな走りのまま僕はゴールにたどり着けるのか?


 よし。


 心の中で大きめの声でつぶやくと僕は前を向きなおし、身体の中の空気を全部吐き切った。そして改めて息を吸いなおし、走り始める。

 焦って走っていたさっきまでの時間とは呼吸も、走りも違うという事が自分でもわかる。そして、何よりも集中力が全然違う。

 本当に集中できているときって、大きな範囲で物事を把握できてるんだな、と思った。僕的に整った走りができ始めたなと思ったら、他のランナーに抜かれようが全く気にならなくなった。

課長だって言ってたじゃないか。周りを気にするなって。


 僕は僕の走りをすればいい。


 順位は関係ないんだから決められた時間内(僕にはゴールできるかできないか……どちらかといえばギリギリアウトなのでは? 疑惑の)にゴールできれば良いのだ。せっかくなんだ、気持ちよく走るぞ!

 このモードに入ってからは、練習期間よりも楽しい気持ちで走っている。

 っていうか、もしかしてもしかしてもしかしたら、楽しいんじゃないか? くらいの状態が僕に訪れた。

 頬も自然に緩んでくる、それどころかふとしたひょうしに声を出して笑いだしそうだ。


 コースは平たん過ぎず、周りの景色もいい感じに変わってゆく。

 驚いたのは僕がすっかり楽しみながら走っていたら、参加ランナーの人たちがほぼすべてといっていいくらい少しだけ僕と並走して走ってくれることだ。

「君、ペース大丈夫?」

 と気遣ってくれる人もいれば、

「絶好のマラソン日和だよねー」

 とかのランナー世間話型。色々だけど『お先に』って抜いてゆく前に必ず二言三言話してくれる。

 それは、ランナーの人たちに余裕があるっていう証拠でもあるけれど、僕がきっとものすごく楽しそうに走っているからなんじゃないかな、って思う。

 だって、さっきはこんなに声かけてもらってない。

 そうしている間に、

「これ終わったら打上げとかする派?」

 また声がかかる。

 前に社内報を作るのにインタビューさせてもらったプロダクト企画部の南さんだ。

 今から考えればすごく失礼な話なんだけど、仕事という仕事にミスが多かった僕はあのインタビューでも失敗をしたんだった。

 それを優しく指摘して、こうしたらどう? とやんわりそのミスを返上するアイデアを提案してくれた南さん。

 その一件依頼社内でも会えば挨拶をする間柄にはなれたかな、と思う。僕にとっては親戚のお姉さんくらいの立ち位置のひとだ。

「あ、南さんも走ってたんですね!」

「なぁに、今さら、私練習会の時から山本君いるなって気付いてたよ!」

「え! そうだったんですか、すみません……え、ええと、僕は一人参加なので打上げはしない派です!」

 気まずさのあまり無理矢理話を軌道にもどしてみたら、南さんは元気にあははと笑った。

「ぼっち参加者が3人くらいいるって聞いてたけど、山本君がその一人かぁ。変わってくれる人がいないから大変かもだけど最後まで頑張りなね!」

 じゃぁ、ゴールで待ってる、と言い残し南さんもさっそうと走っていった。

 僕はちらりと時計に目をやる。今の感じだと、かなりギリギリのゴールになるかもしれない。余力はもう少しありそうだから……。


 よし、僕ももう少し頑張るぞ!


 僕はこの時少し調子づいていたのだろう、そんなことにも気づかないまま走行速度を元気いっぱいで上げたのだった。

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