第14話 いざ前半戦!
距離は約10キロ。制限時間は1時間30分。ゴールの順位は問題じゃなく時間内にゴールをすることが何より大切。そして2キロ走ったら必ずカードを引くこと。
段取りとしては、スタートからトラックを4周して外のコースへ。既定のルートを走り切ったら再びトラックに戻ってゴール。
僕は既に何度も確認した重要事項を待機場に向かって歩きながらもう一度自分の中で確認する。
ゴールの順位が加味されないというのは不思議な感じもするけど、この大会は会社にとっては競技ではなくレクリエーション的な意味があることや、参加者は陸上に長けた人、かなりがっつりスポーツ競技に親しんできた人などもまざっている事、そして何より2キロ地点で引くカードの内容いかんではかなり順位に差が生じるからだっていうことなんだろうな。と思う。
待機場に到着すると
「おーい!」
村山君が僕を見つけて声をかけてきた。
「開会式見に行ってたの? 余裕だなぁ」
「逆だよ。そうでもしないと余計な事いっぱい考えちゃいそうだし」
本当はMinoriちゃんのスポーツウェア姿見て元気チャージしたいだけだったけど。「まぁ、初出場だとそうなるよね。俺もなんかストレッチばっかりしてたよ」
さわやかに笑っている村山君からは緊張の欠片もみられない。
そうこうしているうちに
「出場者の皆さーん! 第一走者の方はスタート地点まで移動しまーす!」
運営委員会から声がかかる。
いよいよだ。僕は一瞬ぶるっと身体を震わせる。これはいわゆる武者震いってやつだろうか。めったにない身体の反応に我ながらびっくりする。
グラウンドに出ると観客席には案外人がたくさんいる。
部署を上げて参加をしているチームも多いから、みんな応援に来ているみたいだ。
うちの人たちはどうだろう。
僕はぐるりと観客席を見渡した。
あ、いた!
こんな沢山の人の中見つけられるかなと思ったけど、以外にも知った顔は見つけやすいらしい。スタート地点から少し離れたところだけれど、花田さんがブンブンとこっちに向かって手を振っている。反対の手には大きなうちわが握られている。僕がオタ活の為にいくつか持っているグッズのひとつとよく似ている。ハート形の真っ赤なうちわに白抜きで『山本』って書いてある。
ちょっと恥ずかしいけど、わざわざ作ってくれたんだなぁと思うと、頑張ろうという気持ちに拍車がかかる。
逆さま坂のみんなもライブの時はこんな気持ちになったりするのだろうか。
確認したり、想像したりしていたらもうスタートの時間になってしまった。
「用意!」
掛け声とともに、僕を含めたランナーたちはみなザっと走り出す体制を作る。
パァンッ!!
空砲の音が鳴り響くと同時にザザッと足音の波が僕を包む。
僕もその流れの中で走り出した。
人と競う気持ちは全くないけれど、周りのペースが思ったよりも早く、僕はいつもの自分のペースよりかなり早い走り出しで今、足を運んでいる。
一人で練習するのとだいぶ感覚が違うな、と思う。
周りに人がいるだけで僕も早く進まなければと思うのに後から出た人達にどんどん追い抜かれてゆくことにも、その数がだんだん増えてゆくことにも気が急いてくる。
とにかくまずはトラックを4周だ。
そう思って僕はただひたすら走り続ける。最初は気になっていたギャラリーの人の目も今はもう気にならない。
もう随分走ったんじゃないか? と思い始めた頃にやっと2キロ地点はやって来た。先を行く人たちが次々とカードを引きに行くのが目に入る。耳をそちらの方へ傾けてみれば、カードを引き終わった人の
「10月生まれの人いませんか――」
とか
「本、何でもいいから本を持っている人!!」
という声が聞こえるかと思えば
「くそっ! もう1周かよ!」
と言い捨てて再びトラックを走り出す大変そうな人もいる。
かと思えばその場で渡されたのかランニングウェアの上から必死な顔でパジャマを着ている人もいる。
なるほど。運しだい、……うん。
「グループ参加の方は右側の青いカード、おひとりの参加者の方は左側の赤いカードを引いてくださーい」
声をかけてくれる運営委委員会の人に導かれて、僕はそのまま左側へ走りこんでゆき沢山並べられたカードから1枚を手に取った。
「裏になんて書いてありますか?」
不正防止の為かすかさず運営委員会の人が確認に来る。
僕はそのままカードを裏に返して少しはぁはぁしながら声に出して読み上げる。
「6キロ地点まで自転車利用可……ってかいてあります」
「おぉ! これは最もいいカードのうちの1枚ですね! おめでとうございます。良かったですね!」
「自転車はここを出たところに置いてありますからそれを使ってください。係の人間がいるはずですから、このカードを渡して名前を言ってくださいね!」
……え? いいの? 自転車。だってマラソンでしょ?
初参加でぼっち参加はラッキーカード、っていうのは嘘じゃなかった!
走りが自転車に変わっただけでも僕にとっては大ラッキーだ。僕は練習でも10キロ走ったことがない。総距離を経験していない、という不安がこれでだいぶ薄れる気がする。
僕は運営委員の人に言われた通り外に出て乗るべき自転車を貸してもらった。
自転車ですらもう何年も乗ってなかったから運転に不安がないわけじゃないけど、
それにまたがると夢中でペダルをこぎ始めた。
いわゆるママチャリ。見た目はさておき気分だけは颯爽と走り始める。
受ける風は汗をかいた身体に心地よく、僕の気持ちは軽くなる。
「きーもちいぃ」
思わず口に出たその言葉は周りのランナーの人たちからの「何、あれ、いいなぁ」という羨望のまなざしを一身に集めてしまう。
ほんの少し申し訳ない気持ちになりながらひたすら前へ前へとペダルを漕いで進んでゆく。今ここで距離と時間を稼いでおかないと、たぶん後半きつくなるはずだ。
そう予測するとペダルを漕ぐ脚にも力が入るのだった。
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