第13話 その一歩がゴールへの道

 5月の日の出はもうずいぶん早い。

 けど、僕はその日の出の時間よりかなり早く目が覚めた。アラームなし。……って言ったらかなり聞こえは良いはずだけど、正確には寝たり起きたりを繰り返してとうとうこの時間になってしまった、が本当のところだ。


「早めに休んで備えておけよ」

 昨日、帰りがけに課長にそう言われたし、僕もそうしたかったけど、そう思えば思うほど目は冴えて、眠ることはできなかった。


 今日、本番。四年に一度のマラソン大会はあと数時間もすれば開幕する。

 少し早いけど、眠れそうもないならもういいか、身体を起こすとカーテンを開け、薄白んだ外を眺める。

 コーヒーを淹れ、買いおいていたパンをトーストしてテレビをつける。

「本日は五月晴れ、という言葉そのままの良いお天気になりそうです!」

 モーニングショーのお天気お姉さんがにこやかに語りかけてくるのをぼんやり眺めながら、落ち着かないまま朝食をとると、支度をすませ家を出た。

 少しでも緊張した気分を和らげようと、逆さま坂15のアルバムを耳にしながら会場となる運動場へ向かう。

 明るい曲とは裏腹に、僕の心の中にはまだ『走り切れるのか』という不安はふわふわ漂っている。でも、それももうおしまいだ。

 道の先に会場があるのを目にしたら、だんだん僕の心は落ち着いてきた。


 早く来場する出場者がいることを見越してなのか、受付は既に準備されていた。

「お疲れ様でーす! お名前こちらで確認させていただきますね」

 からっとした笑顔で運営委員会の人がエントリーをしてくれる。

「こちらが本日のスケジュールと注意事項です、始まる前によーく読んでおいてくださいねっ!」

 紙を手渡され、控室に向かうよう指示された。控室に向かいながら軽くスケジュールと注意事項に目をとおす。会長、社長のあいさつ、来賓紹介などいかにも会社行事っぽいプログラムを確認すると次の注意事項のある一文に目が留まる。

『出場者は2キロ地点で必ずカードを1枚引くこと。カードの内容に従うか従わないか、裁量はランナーに任せますが、従わなかった場合は正式なゴールとはみなさないので注意してください』

 と、記載されていた。

 やっぱり、本当にあるんだ! 合同練習会で聞いてからも半信半疑でその存在を疑問視していたカードが、ここに来てやっとリアリティを伴って僕の目の前に示された。

 引いたカードに対してノーという選択肢はほぼないぞってことだよね。これ。さすが会社行事だな……。

 そんなことを考えながら歩いていたら、先の方に人影が見える。

「……課長!」

「お前のことだから、きっと眠れなくて早めに来るだろうと思ってな」

 にやりと笑って寄りかかっていた壁からその身を離すと僕に向き合った。

「どうだ、調子は?」

「いいのか、悪いのかわかりません」

 僕はかなり正直に答えた。課長は唇の端をうっすら上げると

「そう答えられるなら、まぁまぁか。いいか、山本。とにかく足を前に出せ。ゴールにたどり着くにはそれしか方法がないからな」

 僕の目をみてそういうとポンっと肩をひとつたたき、

「ゴールの向こうでまた会おう」

 そういうと出口の方へと歩いて行った。今のは課長なりの激励に違いなく、朝からわざわざそのために来てくれたなんてと緊張でいつもと違うせいなのか僕はちょっとうるっとしてしまう。


 着替え、準備、を済ませるとウォームアップだ。

 ランナーは開会式に出なくても良いという謎ルールがここにまたひとつあるのだけれど、来賓紹介でMinoriちゃんが紹介されるの見たさに僕は開会式に参加していた。

 今日のMinoriちゃんはうちで作っているランニングウェアを身に着けている。

 いつものひらりとしたコスチュームもかわいいけれど、スポーティーな装いも相当似合っている。

「こんなところにいてだいじょうぶなの? 」

 小林さんが僕を見つけてススっと寄って来て耳打ちをする。

「大丈夫です。っていうかむしろこれ見ない方が大丈夫じゃないです」

「……そうか、それだけ余裕があるなら大丈夫だね。応援してるから頑張ってね」

「ありがとうございます!!」

 Minori効果で確実にテンションが上がり気味の僕は元気よく返事を返す。

 そんな僕の視線はMinoriちゃんに釘付けだ。

 その瞬間、バチっと、Minoriちゃんと目が合った、気がする。コンサートで目が合ったとか大騒ぎして、ネットに書き込む子がいて、よく「出た! 目の錯覚」とか「気のせいに決まってるだろw」とか反撃にあってるのを見かけるけど、思わず書き込んでしまうその気持ちが今わかった!

 と思っていたらMinoriちゃんはそのままにっこり笑って僕に向かって手を振ってくれた。

 あれ? 気のせいじゃ、ない? 確かに、この間偶然Minoriちゃんに会った時「応援するね」って言ってくれていたけど。けど! まさかそれを覚えてくれていたとは!!

 はわわー! っと感激に身をゆだねていると、

「……本君、山本君、開会式終わったよ、君行かなくていいの?」

 小林さんにしっかり現実に引き戻された。

「あ、いけない! 僕もう行きますね! 小林さんに教えていただいたこと、発揮できるように頑張ります!」

 と一言挨拶をするとあわててランナー待機場に足をむけた。


 よし、いよいよだ。

 元気もフルチャージできたし、頑張るぞ――――! 

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