第7話 ランランRUN…ん?
飲み会から帰宅すると「明日は絶対走る!」そう決意して、僕は布団に潜り込んだ。
マラソン大会の申し込み以来すっかり曜日の感覚がなくなっていたけれど、明日は土曜で会社は休みだ。
僕にとって休日といえば100パーセント、まるっとオタ活に費やせる最高の日。ある意味休日のために平日を過ごしていると言っていいくらいに心待ちにしているのが常だった。
なのに、今日僕は前日になってから明日が土曜だということに気がついてしまった。
もったいなーい! 布団の上で一瞬身もだえするものの、平日だと勘違いしたままうっかり会社に出勤する前に気づけて良かった、と思い直して疲れた身体そのままに眠りに落ちた。
張り切って早い時間にかけた目覚ましが鳴った朝、
よし、起きよう、今起きよう。と自分を励ましつつ身体を起こす。
人が少ない休日の朝はお試しで走ってみるのに最適だ。のそのそと布団から這い出ると昨日買ったばかりのウェアを着用する。
やっぱり、買ってよかった。
相変わらずウェアは全く似合わないけれど、気分はそれなりにランナーっぽい気分だ。
シューズは会社が支給してくれた。担当部署の人がきちんと合わせてくれただけあって、抜群のフィット感だ。そして、今日の僕にはさらなる秘密兵器がある。
逆さま坂15の新曲、『恋のランランRUN♡』。
先行配信でいち早く入手したこの曲は、走る僕のためにあるような曲だ。ポップでキュートで聴けば聴くほど元気が出てくる。この曲だけで軽くゴールまで走れるんじゃないかという気さえ起こさせる。
いまが深夜なら、お巡りさんに職質されるんじゃないかと思うほどの怪しい笑みを浮かべつつ歩いて近くの公園までやって来た。
おーいるいる!
今日から始める僕が言うのもなんだけど、お仲間ランナーがすでに公園の池の周りを颯爽と走っている。その姿を目にしただけで、僕はすっかり走り慣れたベテランランナーみたいな気持ちになっていた。
「よし、行くか」
上がったテンションそのままで、僕は走り出す。
風を顔に受け、僕が走るスピードに合わせ景色が動く……うご……く……く、苦しいっ! 思った瞬間足元がおぼつかなくなりそのまま僕は道に転がってしまった。
効果音をつけるなら、コロンって感じだろうか。
あれ?なんだ、これ、どーしてこーなった!
「大丈夫ですかっ?」
後ろから走ってきた女性ランナーの人が手を差し伸べてくれている
「あ、大丈夫です。……すみません」
よろよろヨボヨボ立ち上がると他の人の邪魔にならないように道の脇に歩きながらチラッと後ろを振り向く。
走り始めたところからその距離、だいたい10メートル。
あまりの距離の短さと、あまりにも早い脱落ぶりに脇に寄ったその場所で僕はがっくりと膝をついた。
「まぁ、そんなことだろうとは予想はしていた」
月曜日、出社したその足で、課長に呼び出された僕は片足びっこをひきながら課長の前に行き、聞かれるままに初練習の結果を報告すると、さほど驚きもしない様子でそう返してきた。
課長にとっては想定の範囲内だったらしい。
「それでも、さすがに10メートルじゃあ……と思って残りはウォーキングで池の周りを歩いて帰ってきました」
「お前まるっきり運動経験なさそうだからな。まぁ、まだ時間はある。せいぜい頑張るんだな」
はぁ~。恋のランランRUNもしょんぼりな成果だ。
とほほ感満載で席に戻ると、さっきの話を遠巻きに聞いていたらしい嘱託の小林さんがニコニコしながら僕に話しかけてきた。
「山本君は、初めて走ったの?」
「学校の授業、さぼりまくっていましたし、僕、信号が途中で赤変わろうとしてても歩きますからね。走ろうとして走ったのは初めてみたいなものですね……」
「そぉ、それは大変だったねぇ、よかったら今度、走ってるところ僕にも見せてね」
「面白いものじゃないですよ? 多分」
「ははは。面白くなくても構わないよ。実はね、僕、昔陸上をやってたんだよね、だからもしかしたら少しは力になれるかなって思って」
小林さん、めちゃめちゃ親切だ!
僕はその言葉に心を動かされ手を取らんばかりの勢いで立ち上がった。
「……小林さんっ!」
僕は小林さんを見つめた。
「山本君ってば捨てられた猫が拾い主を見つけた! みたいなカオしてるよー?」
今日も無邪気に花田さんは僕たちの会話に切り込んでくる。
「よかったね、拾い主が小林さんで!」
「はぁ……まぁ」
なんて返していいのか全く分からないからあいまいな返事をしてしまうと、花田さんはさらに畳みかけてきた。
「不満なの? 小林さんは、うちの会社の陸上部の元監督だよ?」
え?
え? 監督?
「ははは、花田さんそれはもう昔の話だねぇ」
小林さんは笑顔を崩すことなくさらっと返す。
「急にそんなことをいうからホラ、山本君が驚いてるじゃない」
いや、驚きますって。
スポーツメーカだけに、運動部が充実しているウチの会社。
中でも陸上部は僕でさえ知っているくらい有名で会社の肝入りなのだ。
小林さんがその陸上部の元監督とは!
いつもニコニコ笑ってマイペースに仕事をこなすこのおじいちゃんが?
僕の練習を見てくれるなんて信じられないけど!
「でも、花田さんの言ったことは嘘じゃないから、少しは君の役に立てると思うよ」
「ぜ、ぜひお願いしますーー!」
再び僕は小林さんの手を取らんばかりの勢いでそういうとぺこりと頭を下げた。
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