第5話 会いたくないときに会いたくない人とは会うもので

「ごめんなさい!! って…課長!」


 僕がぶつかったのはなんと東堂課長だった。

「ヤーマーモートー。お前は外でもぼんやりしてるのか」

 東堂課長外のテンションと全く変わらないんですね?

とは面と向かって言えないので、

「……すみません。あの、課長はこちらには仕事で?」

「いや、ちょっと家族に用事がな」

 家族? ってまさかまさか……。

 恐る恐る視線の先をたどると、そこにいたのは。


 あぁやっぱり、あのお姉さんだ。


「兄さん?」

 営業用じゃない笑顔でニコニコ近づいてきた。

 事の顛末が課長に知られる前に帰りたい!

 僕はそっと課長の横をすり抜けて帰ろうとしたけれどそこを課長が見逃すはずもなく僕は呼び止められてしまった。


 だよねー。ですよねー。


「おい、山本、この後は急ぐのか? 俺の用事もすぐ済むからちょっと待ってろ」

 急いでようが急いでなかろうが、課長は僕と一緒にここを出ると決めたらしいから

 仕方なく、立ち位置を課長の後ろへと変更する。

「兄さん、めずらしいじゃない、どうしたの?」

「お前が全く家に寄り付かないから、お袋が俺にこまごま用事を言いつけるんだろうが」

 言い方は、ザ・東堂課長ってかんじの切れ味だけど妹さんにはちょい甘らしく、その表情は微笑んでいると言えなくもない。

「ほら、これ。預かりものだ。中は俺は見てないからしらないぞ」

 そういって紙袋を手渡す。

「ふーん、ありがと。それより兄さん、こちらの方……」

 来た! 流れ弾! 被弾注意!

「あぁ。部下だ、部下」

 部下って言っちゃいますよねぇ。ちょっとした顔見知りくらいでとどめておいてくれてよかったんですけど!

「ってことはうちの会社の人だよね?」

 ほら、バレた。

 素人丸出しの社員がいるって思われたくないから社割使わないで全額自腹でウェア買ったのに!


「東堂課長にはいつもおせわになってます!」

 僕は素知らぬ顔をして滅多に発動させない社会人スマイルを顔に張り付ける。

 課長の妹さんは終始プロ店員の対応で僕は課長に余計なことを知られずに済みそうだ。

 

「じゃ、俺はもう帰る。お前もたまには家に顔出せよ」

「え? もう? わかった。気が向いたら休みの日にでも家に帰るね」

「ん。じゃ、身体には気を付けるんだぞ」

「それはこっちのセリフですぅ」

 これ以上は長居は無用と判断したのか課長は小さく頷くとクルリと身体の向きを変えて歩き始めた。

「おい、山本。何してる。帰るぞ」


 どうやら、僕の受難はまだ続くらしい。

 嫌だ、という空気を見せないように返事をすると僕は課長を追いかける。

 追いかけざまに東堂妹を振り返ると、

 東堂妹はゴメンね! とばかりに

 片手を顔の前で立てて僕を見送っているのだった。

 買い物中よりちょっと身近に感じる。妹さんも僕とおんなじ側なのかもしれない。


「で、こんなとことにいるくらいだ。山本は今日は走らんな?」

「いえ、帰宅して(動画1本分くらい)一息ついたら早速、走ってみようかと」

「走らんな?」

「そ…う…ですね、今日は買い物だけのつもりだったので…あはは」

 課長は僕の返事に満足げな表情を浮かべると

「じゃあメシでも食って帰るか」

 想像した言葉と一言一句違わぬセリフを言い放った。


 あー、プチ拉致決定。

 僕の返事を聞くことなく課長が指さした先には

 そこそこ良さげな鶏料理の店がある。

 僕、基本的に暑気払いと忘年会くらいしか会社の人と食事しないんだけどな……。


 これが、最後の抵抗と、一応気乗りしないオーラをモワーッと出してみる。

 課長は察する力は高いはずなので、もしかして、もしかしたら僕を開放してくれる……かもしれない。

「……なんだ、鶏料理は嫌いか?」

 もしかしなかったか。

 がっかりしながら僕は答える。

「いえ、そんなことは……」

 じゃぁここでいいな、と眼で僕に語って課長は無言で店に入っていった。


 どうやら、僕の夜はまだまだ長いらしい。




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