第2話 まっ逆さま(坂)に急転直下

 えええええっっ! インドアを地で行く僕がマラソン? 無理でしょう?


 僕は、宅オタなのだ。僕のオタ活は夜な夜なアイドルグループ『逆さま坂15』の推しメンMinoriちゃんを自宅で画面越しに眺めているのがメインでそれが何より幸せなのだ。

 家から外に出るのは必要最低限だし、自分で言うのもなんだけど、生白い、ひょろっとしたこの外見。見た目からしてマラソン? なインドア派てわかりますよね……。

 拒絶の言葉が溢れすぎて喉でつっかかっている。


 アワアワしている僕の手に東堂課長は参加要項を握らせると、もう用はないとばかりにしっしっと追い払うような手振りで僕を自分のデスクに追いやった。

 まだまだ回り切らない頭で僕は参加要項を眺めている。もしかして、どこかに僕が参加不適合者になるような事項が記載されてないかな、という期待半分で。


 参加要項には、走行距離は約10キロ、制限時間は1時間30分といった、僕にとっては血の気が一気に引くような、ほかの参加者にとっては「こんなものだろうな」といった基本情報が書かれていた。

 読み進めてゆくと下の方は後から使用感アンケートを取るので自社で開発中の試作品を公式ウェアとすること、部署として参加すること、部署単位なので総距離を部署の参加者で分けて走っても良い、等々の記載があった。

 え? 何この謎ルール。部署の参加者で総距離を割っていいなら人数の多い部署ってめちゃめちゃ有利なのでは……? っていうか、もしかして参加者をカサ増しすれば僕も自分の走行距離は減らせるということ?

 僕はさっと部屋を見渡した。広報部は少数部隊。小林さんと佐々木さんは60過ぎで嘱託、花田さんは妊娠中あとは派遣社員が二人ばかりだ。


 一緒に走るなんて望むべくもない、か。がっかりした僕の目に止まった人物が1人。東堂課長がいるじゃないか。しかも、課長は確か……。

 僕はそれを、実行に移すかどうかかなり悩んだけれど背に腹は変えられない。いちかばちか当たってくだけろ的な気持ちで課長のデスクに戻った。

 課長は僕に気づくと目を通していたデータ類の紙の束から顔を上げた。

「どうした? 山本」

「東堂課長、マラソンのことなんですけど、ここに部署単位の参加は部署のメンバー何人で走ってもいいって書いてありますよね? であれば僕も誰かと一緒に……と、いうか、確か、東堂課長陸上部のご出身じゃなかったかと……」

「あぁ、確かにルールはそうだし、俺が陸上部にいたのも事実だが、残念ながら会社の陸上部を引退したのは膝の故障がきっかけだ。走りたくても走れない」

「で、でも私はマラソンなんて本当にやった事がなくて、とても1人では……」

「えー? 初挑戦の記録、いいんじゃない?」

 そばで聞いてた花田さんが明るく無邪気に会話に参加してきた。

 小林さんはニコニコ笑って頷きながら俺のことを見ている。

 あぁ、詰んだな…。

 俺は黙って席に戻った。やる、しかないのか。


 

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