第22話 牛若丸
馬頭が構えるのは槍である。その長さ約一丈八寸ほど。素槍ではなく、鎌槍と呼ばれる鎌状の突起が槍穂に付いていている槍である。突くだけではなく、斬る、相手の刃を受けるなどが出来る。
佳代は槍を相手にするのは初めてである。
鬼切安綱は約二尺六寸。腕の長さを入れてもせいぜい四尺ほどだ。それが佳代の間合いである。しかし、相手は槍。その広い間合いをどう攻略するか……
たとえその胸元に飛び込めたとしても、石突による打撃も頭に入れておかなければならないのである。
佳代がにやっと笑った。
「ほぉっ、佳代の奴ぁ楽しそやないか。この戦況で楽しむ余裕あんのか……とんだ肝っ玉やなぁ」
遠くから見守る酒呑は佳代のその表情を見て嬉しそうに呟いた。そして、ぐびぐびと瓢箪の酒を飲み干すと、それを佳代と馬頭に向かって投げつけた。
くるくると瓢箪は綺麗な放物線を描きながら佳代と馬頭の間へと飛んでいく。
それまで睨み合い微動だにしなかった馬頭が刺突してきた。槍の鋒が瓢箪を貫きながら佳代へと真っ直ぐ向かってくる。貫かれて瓢箪が真っ二つに割れ、中に残っていた僅かな酒が辺りへと飛び散った。
一突き目をするりと避ける佳代へ次から次へと繰り返される刺突。一体目の馬頭よりも刺突のスピードが早く、間合いに入り込む隙さえない。
「ふんっ!! 鈴鹿御前の奴ぁ、とんだ妖魔を用意しとったな……」
「姉様、それはどの様な?」
「妖魔もな、生前の育ちが出るもんや。この馬頭、生前は結構な槍の遣い手やったと思うで。一体目と槍さばきが違うやろ?」
「確かに……」
「ふふんっ、せやけどな……見てみい。それでも笑うとるで、ありゃぁ、くそ恐ろしい小娘や」
額から頬、そして顎へと伝い落ちる汗。ひらりひらりと佳代の動きに合わせ舞い上がるスカート。
咲耶は流れるように躱していた。しかし佳代は軽いステップワークで踊るように躱している。
鬼切安綱を鞘に納めた佳代は、左手に刀を持ち、右手はだらりと脱力した状態で、とんとんっと軽快なリズムを取りながら、円を描くようなフットワークで馬頭の間合いに飛び込むタイミングを図っている。
咲耶や阿達は佳代の様な軽やかなステップを踏みながら脱力した状態の構えを見たことがなかった。いや、咲耶達だけではない。馬頭も攻めあぐねている。
「なんやぁ……あの足さばきは。竹子もあんなんしとらんやったで」
興味津々な様子で、少し近づいて来た酒呑と熊童子達。
「蝶々が花の周りを飛んでいるようですわねぇ」
熊童子が佳代の動きを見てそう言うと、確かになぁと酒呑も同意した。
一つの場所に止まらない佳代のステップワークに、長物の槍では分が悪い。引いては突く、突いては引く。確かに早い刺突だが、それはあくまでも正面に相手がいる時には良い。しかし、ひらりひらりと右へ左へ止まることのない佳代の動きにはついていくことが困難なのである。
「牛若丸みたいやなぁ……あっ!!」
酒呑が何かを思い出した様に目を見開いた。そして、胡座をかいている膝をぱちんっと叩いてにやりと笑みを浮かべた。
「うちが阿呆やったわ……竹子の側には、
膝に頬杖をつき、相変わらずにやにやとした顔でそう言う酒呑。そしてぼそりと誰にも聞こえない位の声でおもしれぇなぁと呟いた。
「ところで姉様、
金熊童子が酒呑へと尋ねる。酒呑はちらりと金熊童子へと視線を向けるが直ぐに佳代達へと戻しながら応えた。
「正け?ありゃ犬っころや。義経が遮那王と呼ばれとった頃からずっと側に引っ付いとった犬っころや」
「それがなぜ、鬼丸家と?」
「義経が死んだあとな、正は怨み怨んで
ふふんっと笑いながら佳代の巧みなフットワークを見ている酒呑は、金熊童子に再び話しかける。
「我やったらどうや?薙刀と槍の違いはあるやろうけどな。あんなちょこまかと動き回る相手は?」
「細かい取り回しのきかぬ薙刀ゆえ、厄介な相手ですね。特に薙刀よりも長物の槍となれば特に……大振りになったら最後。詰められてしまうでしょう」
そう金熊童子が言い終わった時である。前後左右に動く佳代へと槍を横に大きく薙ぎ払う馬頭。それを躱した佳代が一気に間合いを詰めていく。
慌てて槍を引く馬頭。しかし、既に引いても間合いが近すぎて刺突できないところまで佳代は入り込んでいた。
ゆらゆらっと二つ結びの髪が、佳代の動きに合わせ揺れている。とんっと地面を蹴る佳代の足元の砂が舞い上っていく。大きく踏み出した足が地面につくと同時に月の明かりを反射した刀身が馬頭の胴を真横に走った。
妖魔の断末魔ともいえる大きな叫び声が辺りへと響き渡ると、馬頭の体から白い霧の様なものが天へと向かい登っていく。それを見ていた佳代はぱちりと刀を鞘に納めた。
そして消えゆく馬頭へとぺこりと頭を下げる佳代。妖魔に成り果てたとはいえ、元は人間である。この世に怨みを、何かしらの強い思いを残して死んでいった人間であるのだ。
最後はきちんと見送る様に竹子から言われていた。
馬頭の身体が完全に消えた時、きらりと光る魂玉が佳代の足元へと転がってきた。それをつまみ上げた佳代は、側へと駆け寄ってきた鴉丸へと渡した。
「お疲れさん」
鴉丸が佳代と咲耶の二人を労う。それに笑顔で応える二人。
「このど阿呆!!」
ごちんっという音と共に、鴉丸が頭を押さえ座り込んだ。いつの間にか三人の後ろに来ていた酒呑が鴉丸の頭に拳骨を喰らわしたのだ。
「何しとんねん、酒呑!! 」
目に涙を浮かべながら睨む鴉丸に、酒呑はぐいっと顔を近づける。そして、ぴこんっとでこぴんで追い討ちをかけた。
「あいたぁ!!」
頭を押さえたり、額を押さえたりと忙しい鴉丸に更に何かをしようとしていた酒呑を熊童子と金熊童子が両腕を掴み慌てて止めている。
「われが要らんこと言うさかい、フラグたったんやで? あれなかったら馬頭出てこんかったわ」
「ホンマに? うちが饅頭言うたら、饅頭が出てきとったんか?」
「んなわけあるかいな……なんで饅頭や?」
「うちな、饅頭が大好物なんや」
ごちんっ!!
目をきらきらと輝かせながらそう言った鴉丸の頭に、両腕を掴まれていた酒呑が踵落としを喰らわせる。
「なんやぁ!! 足まで出すんかいなっ!! この大酒呑みの暴力女っ!!大江山に帰れボケッ!!」
「なんやとぉ……われこそ鞍馬山でオカンのおっぱいでも吸っとけやっ!!」
今にも掴み合いの喧嘩を始めようとする二人を必死で止める熊童子達。その光景を呆気に取られ見ていた佳代達は、先程までの戦いで残っていた緊張がすっと体から抜けていくのが分かった。
二人とも、自分達だけで戦ったのは初めてであり、一歩間違えれば命を落とす危険もあった。戦闘が終わった後も、力が抜けず体中が緊張し強ばっていたのである。
しかし、酒呑と鴉丸のやり取りを見て顔を見合わせ笑うことで、余分な力が抜けてくれた。
まだこの廃村には妖魔が残っている。
とりあえずこの廃村を進み、妖魔を倒していくしかないのである。
佳代と咲耶は互いに頷き合うと廃村の奥へと視線を向けた。
元祖魔剣少女 ちい。 @koyomi-8574
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