第18話 東のお嬢様

「騒がしくて吃驚したでしょう」


 にっこりと微笑みながら言う鈴鹿御前に、ぶんぶんと手を振りながら大丈夫ですと答える佳代と咲耶の二人に阿吽達よりお茶を差し出された。


「ようこそお越し頂きました、当旅館で女将をしております鈴鹿です」


「こちらこそお招き頂きありがとうございます。私は神貫家長女の咲耶と申します。何卒よろしくお願いします」


「うちは鬼丸家長女の鬼丸佳代とです。よろしくお願いします」


 鈴鹿御前は二人の顔を交互に見ると、またにこりと笑いながらお茶を一口啜った。そして湯呑をことりと台へと置くと、ふぅっと一息ついて阿吽達へさっと目配せする。すると鈴鹿御前の意図を察した阿吽の二人は互いに顔を見合わせ頷くと、音もなく部屋から退室して行った。


「そう言えば鴉丸ちゃんは……?」


「……あ、そう言えば」


 佳代達は鈴鹿御前がその名を言うまですっぽりと頭の中から消えていた鴉丸の姿を探した。あるのは部屋の隅に転がっている酒呑の持っていた大きな盃。よく見ると、その大きな盃の下に鴉丸がうつ伏せとなり倒れているではないか。


 慌てて鴉丸へと駆け寄る三人。


 なんと阿吽達から棍で殴られた酒呑の手から飛んでいった盃が、鴉丸の後頭部へと直撃してそのまま鴉丸は気絶し盃の下で倒れていたのである。


 ぐるぐると目を回している鴉丸を座布団の上へ移動しそのまま横にならせた。盃の下で気を失っていた鴉丸の身体が少し酒臭くなってしまっている。


「……まぁ、鴉丸ちゃんは置いといて」


 鴉丸が聞いていたら、置いとくんかいっと突っ込みを入れそうなところだが、生憎、佳代も咲耶も突っ込みなどできやしない。その為、伸びている鴉丸をそのままにして、元の場所へと戻る三人と一匹。と、そこへ阿吽の二人が部屋の入口から鈴鹿御前に声を掛けた。


「鬼怒笠家、金剛家のお嬢様方をお連れしました」


 畏まりそう言う阿吽達の後ろに、同じ様に頭を下げて控えている二人の少女。そしてその後ろにも鴉丸の様な修験装束を着た童女がいた。


「そんなに畏まらないで下さいよ……ささっ、こちらへこちらへ」


 鈴鹿御前は五人へと声を掛け座卓に招き寄せると、佳代と咲耶の側へ阿を座らせ、その向かいに鬼怒笠家、金剛家、修験装束の童女、吽を座らせた。


 すると修験装束姿の童女がきょろきょろと落ち着かない様子で部屋の中を見回している。その事に気づいた鈴鹿御前が尋ねると、その童女がおずおずと俯き上目遣いになり答えた。


 しかし、鴉丸とよく似ている童女である。背格好から髪型まで。違うところは、髪の色とその態度である。


 鴉丸は名前の通り鴉の様な黒髪にずけずけと物を言う喧しいタイプ。


 そしてこの童女は明るい栗色の髪色、性格は鴉丸と正反対の気弱そうな感じである。


「あ……あの、かか鴉丸の姿が見えないのですが……」


 その言葉に、鈴鹿御前と佳代達は奥で伸びている鴉丸の方へと無言で視線を向けた。


 その視線を追った童女が、その先にだらしなく伸びている鴉丸の姿を見つけると、慌てて席から立ち上がり鴉丸の所へと走りよった。


 すると童女は何を思ってか伸びている鴉丸の体を激しく揺さぶり始めたではないか。


「鴉丸ぅーっ、鴉丸っ!!お……起きて、起きて下さいよ……」


 何度も何度も体を揺さぶり続けたその時だった。


 ごんっ!!


 大きな音と共に、鴉丸とその童女が自分の額を押さえながら悶えている。揺さぶられる事で目の覚め起きた鴉丸と顔を覗き込んでいた童女の額が激突したのである。


「何しとんねんっ、小鷹丸こだかまるっ!! 目から星が飛んだわっ!!」


 どんぐり眼に涙を浮かべながら怒鳴りつける鴉丸に、同じくどんぐり眼に涙を浮かべ額を摩っている小鷹丸と呼ばれた童女は、恨めしそうな顔をして鴉丸を睨んでいる。


「だって、鴉丸がそんな所で伸びているから……って……臭いっ!! 鴉丸、お酒臭いっ!!」


 小鷹丸へ詰め寄ってくる鴉丸の体から、酒呑の盃から零れた酒の臭いがぷぅんとしてきたことに、顔を顰め鼻を摘んだ小鷹丸がすすっと離れて行く。


「うわぁっ、ほんまやっ!! うち、なんでこんなん酒臭いんや……」


 自分の体をくんくんと嗅いだ鴉丸は、うげぇっと鼻を摘むと助けを求める様な表情で鈴鹿御前達の方へと顔を向けた。


 そんな鴉丸へ助け舟を出した鈴鹿御前が事の経緯を説明し終わると、鴉丸は小鷹丸に連れられ着替えのために退室して行った。


「それでは、静かになった所で……四家も揃いましたし、お互いに自己紹介でもしましょうね」


 鈴鹿御前は座卓に座っている皆にそう言うと、ぱちんと手を叩きにこやかな表情を浮かべている。


「そうですねぇ……まずは西のお嬢様方達から良いかしら?」


「分かりました」


 居住まいを正した佳代と咲耶は、お互いの姓名を名乗った。そして、それではと対面に座る少女達も自己紹介を始めた。


「私は鬼怒笠家長女の雨月うづきと言います。何卒、よろしくお願いします」


 鬼怒笠きぬがさ雨月うづき


 幼い顔つきをしているがその目に宿る強い光りと身に纏う刀気は、佳代や咲耶達に引けを取らない。しかし、一番目を引くのはその身長である。


 昭和二十年代半ば、佳代達の年齢の平均身長が約一四八センチであったが、その平均身長よりもさらに十センチ以上低い一三五センチ位しかないのである。当時の小学六年生の平均身長よりも低い。セーラー服を来ていなかったら小学生と間違えられてもしょうがない程だ。


 そして鬼怒笠家の持つ業物は刀身だけで三尺二寸を越え、柄まで含めるとゆうに四尺三寸はある備前長船長光、通称『物干し竿』。


 四尺三寸を現在のメートル法に換算すると約一三十センチである。雨月は自身が持つ備前長船長光とほとんど変わらぬ背丈。


 佳代と咲耶はこの小さな鬼怒笠雨月が、あの長物である物干し竿、備前長船長光をどの様にして使いこなすのかを早く見てみたいと思うのであった。


「私は金剛家次女、伊桜里でございます。長女は病弱故、次女である私が跡を継ぎました。皆様、よろしくお願いします。」


 腰の辺りまで伸ばされた漆黒の長い髪は後ろで一つに束ねられ、前髪は二つ分け、そして、横の部分は顎のあたりで切りそろえられた、所謂、鬢削ぎと呼ばれた切り方。


 どこか、平安時代を思わせる古風な髪型をしており、その切れ長の目をした綺麗な顔立ちと、その身丈も当時の平均身長よりもずっと高い事から、隣に座る雨月と対象的である。


 そして、何よりきっと強い光りを宿した目で真っ直ぐに見詰めてくる雨月と、伏し目がちの伊桜里は性格さえ対象的なのかも知れない。そう思った佳代達だった。


 とその時、着替えの為に退席していた鴉丸と小鷹丸の二人が部屋へと戻ってきた。


「はいはい、それではぁ自己紹介も終わって二人も戻ってきた所で、これからの事を説明するわ」


 相変わらずにこやかな鈴鹿御前は、ぐるりと座卓に座る面々を見渡す。そして、お茶を一口啜り一息入れた。


「あのね、ここで二組に別れます。まずは、西のお嬢様方と東のお嬢様方ね。そして西には鴉丸と阿と酒呑の一派。東には小鷹丸と吽と玉藻の一派がそれぞれ付きます」


 それぞれ座卓の左右に分かれて座る八人を指さしながら話しをしていく鈴鹿御前。そして、その鈴鹿御前から思ってもいなかった言葉が飛び出してきた。

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