第17話 鈴鹿御前

「まぁ、こんな結界破れん方があかんて……まずは、及第点やって所やな」


 悔しそうな表情を無理やり抑えて鴉丸はふふんっと笑顔でそう言うと、返してやっと佳代の手から苦無を奪い取り、無造作に腰の巾着の中へとしまうと宿の方へと歩きだした。


 近づくにつれその宿のその大きさに驚きを隠せない佳代達を横目でちらりと見て、鴉丸がににやにやと笑っている。


「どやぁ、立派な造りの宿やろ、たまがったか?」


 先日泊まらせて貰った茨木の屋敷も大きかったが、その屋敷よりもさらに一回りは大きな建物である。


 門前で惚けている佳代達に構わず進みだした鴉丸が、門から玄関へと続く石畳の上を歩くと、その脇にある灯籠にふわりと明かりが灯っていく。


 はっと我に返った佳代達は、いつの間にか玄関前に屈強な男が二人立っていることに気がついた。二人とも髪を剃りあげ一人は口髭を生やしている。


「お待ちしておりました、お嬢。そして鬼丸佳代様、神貫咲耶様、長旅お疲れ様でございます」


 深々と三人へと頭を下げる男達。しかも、ちんちくりんの童女である鴉丸をお嬢と呼んでいる。もしかして鴉丸はあんな背格好をしているが、実はとんでもない実力者なんじゃないかと思えるくらい男達から待遇されていた。


 招き入れられた玄関も何間あるんだと言わんばかりに大きく、布団を敷いて六人位は寝泊まり出来んるじゃないかと佳代は思った。そして、佳代がぽかんと惚けていその時である。


「なんや、呆けぇ!!」


 大地を震わすような大きな怒声が廊下の奥に見える部屋の中から聞こえて来た。その声にぶるっと身震いをした鴉丸が男達の陰に隠れる。その姿をみた佳代は、鴉丸が実力者では無いことを確信した。


「大きな声を出さなくても聞こえていますわよ。これだから、山育ちの猿はお行儀が悪くて品がないと言われるのです」


 二人の男に案内された部屋で、二人の女が対峙し睨み合っている。


 一人はおかっぱ頭でつり目がちな目をした可愛らしい美少女。年の頃は佳代や咲耶と変わらない位に見えるが、片手に大きな盃を持ち、辺りに酒の匂いをぷんぷんさせている。そして着ている着物の前をはだけさせ、卓袱台の上に片足を乗せて立っていた。怒声の主は彼女である事に間違いない。


 そして、その少女の目の前に立つ女は、見目は二十代前半。ふわりと巻いたパーマネントに派手ともいえる化粧をした顔。琥珀色の落ち着いた色をしたロングのフレアスカートに真っ白なブラウスまるで映画から出てきた様な綺麗な女性であった。


「なんやとぉ……手前も下野国で拾われた田舎者かっぺちゃうんかっ!! これやから、あずまもんは見栄ばかりやて言われるんやっ!!」


「なんですってぇ……」


 ぐいっと酒を煽る美少女と、冷ややかに見つめる美人の睨み合いをどうにか止めようと、おろおろしている童女の姿に佳代と咲耶が気付いた。


 鴉丸とそう変わらない背格好のその童女は着物の前掛けを握りしめ涙目になりながら二人の間を右往左往している。


「やめてください……落ち着いてよぉ……酒呑しゅてん玉藻たまもぉ……西の御二方も到着したんだよぉ……」


 慌てる童女のその姿をみた屈強な二人の男は、先程までの落ち着いた様子から一転し、さぁぁっと血の気が引いた青白い顔へと変わっていく。そして、酒呑と呼ばれた美少女と玉藻と呼ばれた美女に走りよると、いつの間に手にしたのか、六角の鉄製の棍で思いっきり殴りつけたのだった。


「うごっ!!」


「ぎゃっ!!」


 鉄の棍で思いっきり殴られた酒呑と玉藻の二人はあうあうと床へとへたり込んでいる。そんな二人へ茹で蛸の様に真っ赤にした顔した男達から怒られている。


「この阿呆共めがっ!!」


「鈴鹿御前の目の前であるぞっ!!」


 鈴鹿御前と呼ばれた童女はへたり込む酒呑と玉藻を心配そうに介抱しているが、それでも怒り収まらない男達は、そこに直れとさらに追い打ちをかけようとしている。


「もうよして下さぁいよぉ……阿、吽」


「しかし……鈴鹿御前」


「そうですぞ、甘やかしてはまた付け上がるだけですぞ!!」


 髭を生やした方の『阿』と生やしていない方の『吽』と呼ばれた男達は鈴鹿御前から止められた事に納得のいかない様子である。


 するとそれまでおどおどとしていた鈴鹿御前の目の色がすうっと変わった。見るものを凍てつかせる様な氷の視線である。


 それに気づいた阿吽達はまたまた蒼白な顔となり、さっと頭を下げて自らの言動を詫びるのであった。


 そして、ふわりとした笑顔に戻った鈴鹿御前は仲良くねぇと酒呑ら四人へと言うと、皆無言で頷いている。


 鴉丸が言っていた怒らせて怖いのは、酒呑と玉藻ではなく、阿吽達でもなく、まさに見かけは幼いおっとりとした童女の鈴鹿御前である事が分かった。


 酒呑と言えば、茨木達の頭であり、西の鬼を治める者である。その酒呑が鈴鹿御前相手に涙目になってしまっているのだ。


 そこへ、慌てて四人の女が入室してきた。鈴鹿御前へ酒呑と玉藻の非礼を必死で詫びている。その四人のうちの二人の顔を見て佳代と咲耶が驚いた。


 星熊と虎熊である。否、よく見ると目の下のほくろがなく、一人は口元の右下。もう一人は口元の左下にほくろがある。


「ほ……星熊さん達の姉妹とですか?」


 恐る恐る尋ねる佳代に、その二人はにこりと笑う。そしてそれぞれのほくろを指さした。


 右下のほくろの女がくま。左下がほくろの女が金熊きんくまとそれぞれに名乗る。酒呑配下の四天王と呼ばれている、熊、星熊、虎熊、金熊の四姉妹であった。


「申し訳ございません……酒呑姉様は玉藻様とは犬猿の仲でございまして……顔を見合わせれば喧嘩ばかり、困ったものです。

 あぁ……妹達より早文はやぶみにて佳代様、咲耶様の事は伺っております。今後もよろしゅうお願いします」


 鈴鹿御前と佳代達にそう伝えると、熊と金熊の二人は酒呑の両脇を抱えて退室して行った。そして、玉藻の方は二人の和装姿の女達から足を持たれ無様な格好でずりずりと引き摺られ退室して消えた。

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