第12話 生きなさい

 すんっ


 佳代の鬼切安綱が茨木の身体を斬った。咲耶はただ、無闇に突きを入れ続けていた訳ではなく、上手く佳代の方へと茨木を誘導していたのだ。


「いやぁぁん♡これ、お気に入りの服だったのに……くすん」


 またしても寸でのところでさらりと避けた茨木は、佳代から斬られてしまった洋服の脇腹部分を手でつかみながら涙目になってしまっている。


「ごめん、咲耶ちゃん……踏み込みが浅かったばい……」


「否、茨木さんの身体的能力が高すぎるのですわ……あれを避けられてしまっては」


 二人の顔に焦りが見え始めたその時である。


 薙刀を持った星熊と虎熊の姉妹が、茨木と二人の間に入ってきた。


「はいはい、姉様もこれで終わりにしましょう」


「御二方ももう、刀を鞘へとお納め下さい」


 涼しい顔をしてそうは言っているが、有無を言わせない気迫が双子姉妹より滲み出ているのを感じた佳代達はぱちりと刀を鞘へと納めた。


「もうっ、良いところだったのにぃ♡」


 ぷんぷんとしている茨木に近寄るお花が茨木がその手に持つ斧を軽々と受け取り、ふぅっと斧へと息を吹きかけると、斧はお花の小さな掌よりもさらに小さくなり、お花の胸元へと入れられた。


「まぁまぁ、姉様。甘い物でも食べて下さいな」


 ぷんすか怒っている茨木を宥める星熊が飴やチョコレートを茨木のその手に握らせている。まるで小さな子供をあやすかの様に。


「もう、星熊ちゃんは私を子供扱いしてぇ」


 なんだかんだと言いながら飴を口に入れた茨木は幸せそうな笑顔を浮かべている。さっきまでぷんすかと怒っていたのに。ころころと表情の変わる女性ひとである。


「佳代ちゃんに咲耶ちゃん。中々の連携だったわぁ♡ 服とは言え、斬られたのはいつ以来かしらぁ……まぁ、星熊ちゃん虎熊ちゃんが止めなかったら、ぼっこぼこにして、頭からがぶりがぶりと食べてたんたけどねぇ♡」


 さらりと恐ろしい事を口にする茨木に、困った顔をしている佳代達へお花が冗談ですよと苦笑いを浮かべながら教えてくれた。


「うん、まだ荒削りだけど伸び代は充分あるわよぉ、貴女達♡ なんせこの茨木のお姉ちゃんの服を斬ったんだから。そこらの妖魔相手なら充分いけるわ♡ 」


 自分の掌に乗せられていた飴とチョコレートを佳代と咲耶へ分けてあげながら茨木はそう言うと、でもね……と真剣な表情へとかわり話しを続ける。


「油断しちゃ駄目よ。佳代ちゃん、貴女の父である蒼兵衛ちゃんが殺られる程の妖魔もいる。しかも、妖魔は具現化するまではその妖力の大きさは分かりにくいの。良い?佳代ちゃんに咲耶ちゃん。躊躇せず具現化する前に殺りなさい。元は人。だけど同情は禁物よ。相手はそんなの関係なしに喰らいにくるからね」


「はい、心に刻んでおきます」


 真剣な眼差しの茨木に、佳代達は居住まいを正し、はっきりと答えた。それを見た茨木はうんっと頷くと、またふにゃふにゃっとした表情になり疲れたよぉと虎熊の膝へ頭を乗せて寝転んだ。本当によく分からない人であるが、二人を気に入っている事だけは分かる。


「ねぇ、生きさい。何がなんでも生き抜きなさいよ」


 茨木はまるで独り言の様に呟くとふにゃぁと間の抜けた声をあげた。

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