鈴鹿御前と天狗娘

第13話 ちびっこ

 人のほとんどいない駅のホームに少女二人と猫が一匹、汽車を待っている。そう言えば、あのぴいちくぱあちくと小煩い雀の火矢かやの姿が見えない。佳代かよの荷物にでも紛れ込んでいるのだろうか。


 否、そうではない。


 実は火矢は御影みかげ様の遣いにより急な用事を申し付けられ、お花と共に他へ行ってしまったのである。しかし、それはしょうがないのだ。何よりも御影様の命が一番なのであるから。その代わりに途中の駅で別の案内人と合流する事になっている。


「ねぇ、佳代さん?」


「なぁに?」


「あの……もし、佳代さんがよろしければですが……佳代ちゃんとお呼びしても良いかしら?」


 少し恥ずかしそうに佳代へ尋ねる咲耶(さくや)。


「良かよ、そげんな事気にせんで好きなごつ呼んでよ」


 そう答えた佳代へとても嬉しそうな笑顔を見せる咲耶へ佳代もにっこりと微笑み返した。それから二人は汽車に乗りこんでからも、同年代の友達としてお喋りに花が咲いていた。


「呑気なものだよ」


 そんな二人の様子を眠たそうな目をした猫又は大きく口をあけ欠伸をしながら見ている。


 流れ行く車窓の外に、木々の間から切れ切れにとても良く晴れた雲一つない青空が見える。しばらく汽車はのんびりと代わり映えのしない山際を走っていた。


 汽車は山間の小さな駅に停車すると、その駅には七歳から十歳程の童女とも呼べる背格好をした女の子が立っていた。また、その童女は山伏の修験装束しゅげんしょうぞくを着ている。


「見て佳代ちゃん。あんなに小さな子が修験装束を着ているわ」


「ほんなこつ……山伏の娘なんかなぁ……」


 二人とも窓から見える普通と違う変わった格好をした童女を見つめていると、童女も二人に気づいたのかぶんぶんと手を振ってきたではないか。


 佳代と咲耶はお互いに顔を見合わせると、二人とも首を横に振る。どうやらどちらかの知り合いという訳ではないらしい。


 しかし、もう一度駅へと視線をやると、先程の修験装束の童女の姿はそこにはなかった。


「あれぇ、あの童女がいませんわよ」


「ありゃぁ、ほんなこつ。お狐さんにでんかされたとやろか?」


「誰がお狐さんや」


「だって、あんな小さな子が修験装束着ることなんてないでしょう?」


「ほんなこつ変わりもんか、お狐さんや悪戯狸位ばい」


阿呆あほう、うちは変わり者でも狐狸こりでもないわ」


「またぁ、じゃあなんであんな格好を……って!! きゃぁぁっ!!」


 いつの間にか佳代達の席の真横に立って話しに参加していた事に今更気づいた咲耶が驚きのあまり、大きな叫び声を上げてしまった。


「なんやなんや!! 急に大声出さんといてや!! 目ん玉飛び出るかと思うたわ……」


 咲耶の大声に余程驚いたのか、心臓を押さえながらふるふると震えている童女に、佳代はごめんなさいと茨木達からお土産で貰っていた飴を一つ差し出した。


「飴ちゃんで誤魔化されへんで」


 ぶつぶつ言いながらも飴を受け取った童女は、包み紙を開けぽぅんと口の中へと放り込む。すると、にへらぁと幸せそな笑みを浮かべた。


「ふわぁ……ほっぺた落ちるわぁ……」


 幸せそうな童女へ佳代が自分の隣の席を勧めると、よっこらせっと座った。そして、佳代と咲耶の顔を交互に見ると、うんうんと一人で頷いている。


「あのぉ……」


 おずおずと咲耶が童女へと声を掛けると、その声に童女はくりくりっとしたどんぐり眼を咲耶へと向けた。そんなどんぐり眼に眉頭が太く短い麻呂眉がとても良く似合い可愛らしい顔をしている。


「なんやねんな小娘」


「小娘って……どう見てもあなたの方が幼いのですが……」


「咲耶ちゃん……お花ちゃんの事もあるけん、見た目で判断でけんよ……」


 咲耶にぼそりと話しかける佳代。それを聞いた咲耶はあぁと納得した表情をしてもう一度、童女へと視線を向けた。


「とんだ失礼を……私は神貫咲耶と申します。あなたは?」


「分かればええねんて。うちか?うちは御影様の右腕や言われとる天狗筆頭の弟子、鴉丸や。よろしゅうな咲耶。そんでそこの垢抜けん田舎娘はなんて言うんや?」


 垢抜けん田舎娘?はて、それは自分の事だろうかと佳代は思いながらも、ここにはちびっ子烏天狗の鴉丸と咲耶、そして自分しかいない。否、猫又もいるが彼女は違うだろう。


「田舎娘ってうちの事ですか?なんて失礼なちびっ子……おっと口ば滑らしたばい……もとい烏天狗」


「なんやと?誰がちびっ子やねん!! もう一度言うてみい? どつくぞ呆けぇ」


 佳代と鴉丸が互いにぎりぎりと睨み合っている。そんな二人へ何も言えずおろおろとしている咲耶が何を考えたのか菊一文字則宗をすらりと抜刀した。

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