第10話 姉様
「姉様がお帰りになりました」
部屋の入口で手をつき深々と頭を下げたままそう告げる童女へ、虎熊は分かりましたと一言返し、童女を連れて部屋から出て行く。
その間も飴やチョコレートを食べていた二人の少女達は、姉様と呼ばれた人が来る前まで口の中を空にしようと必死だった。
「慌てなくても大丈夫ですよ。姉様も飴やチョコレートが大好物ですから」
星熊は二人の姿に笑みを浮かべながらそう言うと、自身も飴を一つ手に取るとぽいっと口の中へと放り込む。ころころと口の中を転がす飴の音が佳代の元まで聞こえてくる。するとお花も星熊と同じように飴を舐め始めた。
「ふわぁ……幸せです……」
お花は両頬を掌で包むと、ふわりとした幸せそうな笑顔を浮かべている。余程、飴が好きなのだろう。
すると星熊が部屋の入口へと視線を向けると、そちらの方へと体のむきを変えぺこりと頭を下げた。それに気づいた佳代と咲耶、そしてお花。部屋の入口にいる女を見るとお花がにっこりと微笑んだ。
「お帰りなさいませ、姉様。」
「ただいまぁ、星熊ちゃんにお花ちゃぁん。お姉ちゃん、とってもくたびれたよぉっ」
お花が挨拶をするとその女は部屋の入口からびよんっとひとっ飛びすると、お花の小さな体へと抱きついて頬をすりすりと擦り付けている。
「やめてください姉様。お客様の手前でございます」
両手でぐいっと女の顔を押しながら引き離そうとするお花へ、そんな事なんて構わないという素振りで無理矢理ぐりぐりと自分の頬を押し付けようとする女に、佳代と咲耶の二人はあんぐりと口を開けて見つめている。
小さなお花を抱きかかえた女は、佳代と咲耶の方へと顔を向けるとほんわりと微笑みながら、ちょいちょいと二人へ手招きをしている。
佳代と咲耶の二人は呼ばれるままに、手招きをする女の方へと近づく。すると、それまでべったりとお花に引っ付いていた女が今度はびよんっと二人へ飛びつき、ぎゅうっと抱きしめた。
「何?この子ら、めっちゃ可愛い♡可愛すぎて頭からぼりぼりと食べたくなるぅ♡」
そしてお花にした様に二人へもぐりぐりと頬をすり寄せる女を何とか離そうと力を入れ押す二人だが、女はまるでびくともしない。なんという馬鹿力。本当に頭から食べる気なのかと思ってしまう二人であった。
「姉様、いい加減にしてくださいな」
星熊と虎熊の二人が女の腕を佳代達から離すと、両脇を抱えて行く。そして、飴やチョコレートの置いてあるお盆の前に座らせると、お花がお茶を女へと渡した。
名残惜しそうに佳代達を見ている女。愛想笑いで答える二人。
そして、虎熊が飴を包から出してぽいっと女の口の中へと入れると、女の顔が途端に緩み、ふにゃぁっとした笑顔へと変わった。
「ごめんねぇ、鬼丸と神貫の娘っ子。私って、可愛いものに目がないからさぁ♡」
「い……いえ……」
咲耶は顔を引き攣らせながら答える。女はそんな咲耶へお盆をつっと手で押しお菓子を進めると、ぺろりと舌で口の端を舐めた。
「私は
卓袱台に頬杖をつき飴を口の中で転がし、ふふんっと笑いながら言う茨木と名乗った女は、ちらりと二人の刀へ目をやった。
「ねぇ、二人共さぁ。あの刀でぇ、私とやり合わない?手加減してあげるから♡」
「姉様、突拍子もなく何を仰られているのですか?お二人共、長旅で疲れておりますし」
お花の言葉なんて耳に入らないと言う様な素振りで、今度はチョコレートの銀紙を剥きながら口へと運ぶ茨木。そんな茨木の真意を掴めず戸惑う二人へ、目の前に座る茨木がにやりと挑発的な笑みを浮かべた。
「何言ってんのぉ、お花ちゃぁん。少し汽車に揺られただけで疲れたなんて言ってたらさぁ……妖魔退治なんて夢の話しよぉ……そんなんじゃぁ、鬼丸家、神貫家の看板に泥つけちゃうよ?」
絵に描いたような安い挑発である。
しかし、茨木の言葉に咲耶の目がきらりと光るのを見た星熊はやれやれという表情で小さな溜息をつくと、ぶつぶつと口の中で何かを唱えながら、部屋の奥にある襖を開けた。
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