第9話 鬼の宿
しばらく二人と一匹、そして一羽は、一通りの説明をし終わると、ぺちゃくちゃとお喋りをしながら、汽車の旅を楽しんでいた。この様子を他から見ると呑気に旅をしている年頃の女学生に見える。
そして、目的地の半分は来たであろう駅に到着すると、二人はそれぞれの荷物を持ち汽車を降りた。駅から出た二人に着物姿の小さな女の子が近づいて来る。
「鬼丸佳代様と神貫咲耶様ですね」
女の子はぺこりと頭を下げた。それにつられた二人も少女へと頭を下げると、火矢がふわりと佳代の肩より女の子の肩へと飛び移った。
「お花(はな)ちゃん、出迎えご苦労さん。ほなら、案内したってや」
お花と呼ばれた女の子は分かりましたと答えると、佳代と咲耶の前を歩きながら案内し始めた。時折、ちらちらと後ろを振り返り、あちらこちらを指しながら観光案内までしてくれている。
「お花ちゃん、小さいのに偉いわねぇ」
「咲耶、この子はあんたよりもずっとずっと長生きしてるよ。目上の人に失礼だね」
咲耶がお花へそう言うと、のそのそと咲耶の足元を歩いていた猫又がぼそりと呟いた。その言葉に咲耶だけではなく佳代までびっくりしている。
「えぇっ!! こげんな小さかのに、うちらより年上っち……」
「申し訳ございません……お花さん……」
慌てる二人の様子を見ていたお花はくすくすっと笑いながら、
「どうぞお気になさらずに。私は御影様に仕える鬼でございます。今年で百になりましたが、まだまだそこらの童女と同じ背格好。間違えるのも無理もありません。どこかの悪戯雀の口の悪さにも慣れております故、ふふふ」
ちらりと火矢の方へと視線をやりながらそう言うお花に、ばつの悪そうな顔をしながら頭をかく火矢。
「ほら、見えて来ました。あそこが御二方にお泊まり頂く宿にございます」
お花が指さす方向に見えるのはたくさんの木々に囲まれた大きな屋敷であった。とても古くて立派な佇まいをしている事が遠くから見てもよく分かる。
そして目を引くのが一際大きな木が二本、屋敷の入口に植えられている事だった。
「うわぁ……こげん大きな木ば見たん初めてばい……」
「立派ですわねぇ……」
遠くから見ても大きな木であったが、近くから見るとその大きさに驚きを隠せない二人であった。
木の幹は佳代と咲耶の二人が手を取っても届かない程の太さであり、見上げると仰け反り過ぎて転びそうになる。
その二本の大木を太い注連縄が繋いでいる。
佳代の胴回りよりもずっと太い注連縄である。念の為に断っておくが、決して佳代は太っている訳では無い。普通の女の子である。
そんな二本の大木に見蕩れている二人にお花がこちらへと声を掛ける。その声に我に返った二人はとてとてと案内をするお花の後へと続いた。
案内された玄関もどこのお大尽が住んでいるんだと思った位に大きく立派な造りをしており、不思議な事にその扉へお花が手を添えただけですうっと音もなく滑るように開いた。
すると開いた扉の先に、手を付き深々と頭を下げている人影が二つ、二人の視界へと入ってきた。
「佳代様、咲耶様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
そう挨拶し顔をあげる女性は、年の頃は佳代達よりも少し上に見える。しかし、安心は出来ない。お花の例もあるからだ。
そしてもう一人の女性も顔を上げるとにこやかな表情を浮かべている。その顔を見て、佳代達はまたしても驚いた。この屋敷へ来て驚くのは何度目のことだろうか。
双子なのか二人の女性は同じ顔をしているのだ。
しかし、よく見ると泣きぼくろの位置が違う。初めに顔を上げた女性は右目の下。もう一人は左目の下にある。これは見分けがつけやすい。
「遠いところから遥々と、お疲れでしょう。さあ、遠慮なくお上がり下さい」
促されるままに玄関へと上がり、お花と二人の女性に案内される。案内をする三人はすすすっと滑るように歩く。佳代はどのようにしたらそんな歩き方が出来るのか不思議であった。
やはり、お花が言う鬼だからであろうか。
真似しようにも、ただ足裏を滑らしているだけになる佳代であった。
案内されたのは四十畳と二人で使うには広すぎる部屋であった。そんな広い部屋の片隅にかたまる佳代と咲耶と猫又と雀。もっと広く伸び伸びとすれば良いのだが、何だかお互いに引っ付いてしまうのであった。
「申し遅れました。私は星熊(ほしくま)と申します」
「私は妹の虎熊(とらくま)でございます」
右目の下にほくろのある女性が自己紹介をすると、続けて左目の下にある妹も名乗った。
星熊に虎熊。
ぴんとこられた方もいるだろうが、やはりこの二人も鬼であろう。
お花が急須と湯呑を持って部屋へと入ってきた。そして、部屋の真ん中に置いてある台の上に置くと、お茶を注ぎ佳代達へと勧めた。
「主ももうすぐここへと帰ってきます故、それまで一服しながらゆるりと休まれて下さいな」
差し出されたお茶を一口啜る。
お茶の甘みと風味が口いっぱいに広がり、思わずほぅっとため息をついてしまう佳代であった。
そんな佳代を見ていた星熊はふふふっと笑うと、虎熊へひそりと耳打ちをした。虎熊がつうっと部屋から出ていく。
数分も経たないうちに虎熊がお盆に佳代の見たことも無い菓子をたくさん乗せて戻ってきた。色とりどりの包装紙に包まれた飴やチョコレートである。
このご時世にはとても贅沢な舶来品の数々であり、どうぞと言われた佳代は、そのうちの一つを手に取るとぱくりと口の中へと入れた。
「甘ぁい……こげな甘か飴、食べたことなかよ……」
「こちらのチョコレートも美味しいですわねぇ」
佳代と咲耶は目の前に置かれたお菓子に舌づつみをうちながら美味しそうに食べていると、部屋の入口より一人の童女が失礼しますと声を掛けた。
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