第3話 妖魔
「キヨちゃん……なんで……」
その場に崩れ落ちそうになった佳代の身体を竹子が支えた。
竹子は、少し離れた場所へと佳代を座らせると、ぐるりと辺りを見回し何かを探している。
竹子の視線が蒼兵衛が倒れている少し先の方をじっと見詰めていた。そして竹子はそこへ近寄ると屈みこみぶつぶつと呟いている。
すると佳代には何も見えなかった所に、一振の刀が朽ちかけた木の幹に立てかけられているのが見えた。
竹子はその刀を握ると、佳代の方へと戻って来た。深紅の鞘に納められた二尺八寸程の刀である。
あの夜に蒼兵衛が持って家を出た一振。
しかし、戦後まもなくとは言え、江戸時代でもあるまいし、刀を持ち歩くと言うのはとても目を引くはずである。
特にここは無残にも殺された遺体が転がっている場所であるのに、誰も竹子が刀を持ち歩いていることを不審がらないどころか、まるで刀自体が見えていない様であった。
「お母さん、その刀は……」
母親に尋ねる佳代へ、驚いた顔をした竹子はふぅっと小さな溜息をつくと、現場にいる警察や消防団の青年達へ、佳代が心労で体調を崩してしまったので一旦家へ帰ることを伝えると、佳代を連れて山を下りて行った。
山から下りて自宅へ戻った二人は、先ず全身に塩を振りかけ、玄関や勝手口にもそれを撒いた。
そして、竹子は寝室へと佳代を入れると、刀を見つけた時のようにもにゃもにゃと呟くとぱたりと寝室の扉を閉めた。
「これで佐知(さち)と縁(ゆかり)の二人には話しは聞こえん」
竹子は持って帰ってきた刀を床の間へと置いた。
そして、何が何だか分からずこんがらがっていた佳代を座らせると、火鉢に火を入れ薬缶を火鉢へ掛ける。
「佳代、刀の見えたあんたにゃ、うちやお父さんの……否、この家とこの村の事を話さにゃでけんやろうなぁ」
急須へお茶の葉を入れながら静かに竹子は佳代へと話し始めるのであった。
火鉢に掛けてある薬缶からしゅっしゅっと湯気が勢いよく乾いた部屋の中へと広がっていく。
その薬缶を竹子が火鉢から下ろすと、急須の中への湯を入れる。そして急須をゆっくりとまわしこぽこぽと湯呑へと注ぎ込み、佳代へと湯呑みを渡した。
「まさかあんたにも見えるちゃ思わんやったよ。うちらで最後やと思っとたけんで……」
湯呑みを両手で包み込むように持つ竹子は、しっかりと佳代の方を見据えてそう言った。
佳代はそんな竹子の視線から目を逸らすように俯き湯呑みからゆらゆらと昇る湯気を見ている。
「うちらは昔から妖魔と呼ばれるモノを退治して来た一族とよ」
「妖魔っち、何ね?」
「妖魔っち言うのは、この世に未練ば強く残しちょる魂が悪しき姿になったもんや。それが人ば喰うとたい。人の魂ば喰って、喰い続ける。喰い続けるとな、さらに大きく強い妖魔になるとたい。そげんなる前に、そげんなってしまった妖魔を退治するんがうちら一族の役割よ。あの刀、鬼切安綱ば使うて」
竹子はちらりと床の間に置いた刀へと目をやると、ずずっと一口茶を啜った。
そしてふぅっと息を吐くと立ち上がり鬼切安綱を床の間より佳代の目の前へと持ってきた。
「これにはな、とある呪(まじな)いが掛けてあるとたい。やけんで限られた者しか見えんごつなっちょる。うちん中では、私とお父さん、そして婆ちゃん達や、まぁ、あんたにも見えるごたぁばってん」
ずらりと鞘から刀を抜くとぎらりと光る刃はとても美しく、佳代はその刃から目が離せなくなっている。
そして、静かに鞘に刀を納めた竹子は鬼切安綱をすっと佳代の方へと差し出した。
戸惑いながらも佳代は鬼切安綱を受け取ると、ずっしりとした刀の重みが佳代の掌から腕、体中へと伝わった。
佳代は竹子が自分の目の前でしたように、鞘からゆっくりと鬼切安綱を抜く。
「やっぱり、あんたはうちらと同じ鬼の道ば歩まにゃでけん運命なんやね……」
竹子は少し悲しそうな表情で鬼切安綱を握り刀身を見つめている佳代を見つめながら呟いた。
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