第2話 無残
月は姿を消し一欠片の明かりさえない重苦しさを感じてしまう闇夜の晩。
何か良からぬモノが村の中をひたりひたりと動き回っている様な気がしてならない。
そう感じた蒼兵衛(そうべえ)は床の間に飾ってある一振の刀を掴むと寝室より縁側に出て胡座をかいた。
そして、灯篭の仄かな灯りがゆらりゆらりと頼りなさげに照らしている庭を黙って見詰めている。
「うむ……」
髪を短く刈った頭に凛々しく太い眉、ぎょろりとした瞳。去年、戦地より引き揚げしてきた佳代の父である。
数日間剃らずにいた顎の無精髭をぞりぞりと撫でると小さく頷き、居住まいを正し正座となった。
ぱちり……
鯉口を切ったと同時に正座から一気に庭先へと飛び跳ね宙を斬った。
ふわりと蒼兵衛の目の前の空間が横一線に揺らいだ様に見える。
否、実際に何かを斬ったのだ。普通の人間には見えない何かを。
すっと刀を鞘へと納めた蒼兵衛は、もう一度、顎の無精髭に手をやるとぐるりと四方を見渡した。
そして、小さく舌打ちをすると妻であり佳代の母親である竹子が縁側へと出てきている事に気がついた。
「見ておったか」
竹子の方へと振り向かずに尋ねる蒼兵衛へ、竹子は小さな声ではいと答えた。
それに怒るわけでもなく蒼兵衛は、二尺八寸程の刀でとんとんと自分の肩を叩くと行ってくると一言残し、すっと助走もなしに軽く塀を飛び越え去っていった。
それから数日間、蒼兵衛の姿を見ることはなかった。
数日後、山の中で蒼兵衛は皆の前へと姿を現した。
生きている姿、ではなく、無残にも首を搔き切られた死体となって。
やっと終戦して戦地より生きて戻り、これからは家族と平和に暮らしていくはずだった蒼兵衛。
そして残された竹子に佳代と二人の妹達。
悲しみにくれる暇なく、蒼兵衛の遺体のあった場所のすぐ近くに頭の半分以上が噛み砕かれた遺体が数体転がっている。
その遺体は数日前から昨日の夜更けまでにいなくなった者達が着ていたと思われる衣類を纏っていた。
あまりにも惨い光景に、ひゃっと竹子の胸に顔を埋めた佳代は、思わず目に飛び込んできた遺体が着ていた衣類に見覚えがあった事を思い出した。
あの服は……キヨちゃんが着ていた服じゃなかったか?
かたかたと震える体を無理やり押さえつけ、もう一度佳代は遺体の方へと振り返った。
その中の一体の遺体が着ている服。
ところどころが乾いた血で黒く汚れていたが、白地で右胸に赤い蝶々の刺繍の施してある長袖の襟の丸いシャツ。
間違いない。
少し前に町へと行ったお父さんが土産に買ってきてくれたと、キヨちゃんが喜んで見せてくれたシャツである。
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