EP28 秩序の再編

 イタリア半島の秩序は完全に破壊されている。主を失った奴隷は盗賊団を組織し、ラティフンディアからの食糧供給はストップした。イリュリアに置かれたばかりの総督はすでに失踪し、帝国中部は暗闇の中に迷い込んだ。


 北アフリカの一帯も混乱しており、シナイ半島に教会の騎士団が再進駐したと報告が入っている。教会にはそれ以上の余裕はないようだが、このままの状況ならばマグリブ地方もゲルマン人に脅かされるだろう。


 だが、そうはならない。


 ローマに迎えられた義勇軍は革命政府を組織し、帝国に新たなる平和パクスをもたらすだろう。市民のためのローマ万歳。






 ――時は憲法成立前に遡る。


 再びローマに集った七つの丘は新たな秩序について議論していた。


「集権的な政府によって強力に統率することで初めて、集産主義的な成果を得ることができる。困難な時代においてそれだけが正解だ」


「いや、それではローマの民心は得られない。最も必要なものは分権的で限定的な行政だ。そうすればおのずから市民は政府に協力してくれる。自らの自由を守るために」


 彼らはローマのため、キリストの復活を信じるために固い団結で結ばれている。だがそれは政治的な立場の違いがないという意味ではない。むしろ組織の命題以外の面で彼らの対立が全くないことのほうが珍しいとすら言える。


 しかし幸いなことに彼らは非常に知性的で、科学者としての在り方にも通じている。


 つまり彼らは専門外の事柄について議論する際、専門家の意見を重視する程度の見識を備えている。


「私としては……」


 ルキウスが口を開いた。


「どちらに寄りすぎるのも健全ではないように思う。重要なのは効率的に統治することで、どんな色のイデオロギーを選ぶかではない」


 しばらく彼の発言を吟味する時間が流れたのち、アレクシウスが総括した。


「オッピウスのいう通りだろう。やはり連邦形態を取りながら、連邦政府に一定の権限を付与することが現実的に思える」


「私も同意します」


 皇帝が続いた。


「ですが現状の属州区分には問題が多い。旧元老院支配地は読み方を現地語に統一し、イタリア、イリュリア=ダルマティア、エジプト、ヌミディア=リビア、マウレタニアに分割するのが妥当に思えます」


 細かい島嶼部の分割法について問題が残ったが、この提案も多数の同意を得て成立した。


「次は行政官についてだが」


 アレクシウスが議題を提示した。


「伝統的な執政官では問題があると?」


 カールが疑問を投げかける。


「問題だらけだろう」


 ピーターがそれに嚙みついた。


「例えば?」


「一年という短すぎる任期、曖昧な権限、業務量が膨大すぎる、選出制度の不明瞭」


 まだまだある。とピーターが言うとカールは納得した。


「ではどんな案がある?」


「私に一案がある」


 デモクレイトスが声を上げた。


「ロード・カエリウス。聞かせてくれ」


「内閣制度、とりわけ責任内閣制度が良いだろう。これならより洗練された統治が行える。大統領制も悪くないが、ローマ人には合わない可能性が高いと私は思う」


「確かに、独裁的な体制はローマに合わない可能性は高い。帝政の時さえ、なんだかんだ民衆は常に権力者だったしな」


 ピーターはこの案に同調した。


「しかし内閣制度では閣議で全会一致が取れることが前提になる。我々七人で組閣は無理だぞ」


 マルクスが懸念点を示した。


「オッピウスが管理すれば大きな問題は起こらないだろう。万一を懸念するなら内閣の維持を担当する七つの丘の構成員を送り込めばいい」


「適任がいればいいが……、だれか心当たりは?」


 ロードたちは別の役目があり、大臣にはつけない。それぞれが七つの丘の構成員の中で政治力に秀でたものを探す。例外といえるアレクシウスは国防大臣につく見込みだが、内閣維持の働きまでする余裕はないだろう。


「私の侍従長ではどうでしょう」


 皇帝が声を上げた。


 彼女を失うのは惜しいが、彼女の能力を宮廷で埋もれさせるのも惜しい。つまるところ、ローマのためになる方へ彼女を向かわせるべきだ。


「ソフィア嬢か。……いいだろう。彼女なら私の内閣を完璧に支えてくれるはずだ」


 ルキウスは数秒考えたのち皇帝の申し出を了承した。


「内閣に女性を入れても反発は大丈夫なのか?」


 ピーターが疑問を呈する。


「問題ない。義勇軍有力者の中には女性もいる。若い女性が内閣にいることは特に左派へのアピールになる」


 うまくいけば数人を寝返らせることができるだろう。とルキウスは言い添えた。


「ならば問題は……」


 アレクシウスの言葉を皇帝が継いだ。


「代わりの侍従長を入れていただかないと宮廷が大変なことになりますね」


 皇帝の宮廷はもともとそれほど機密性は高くなかったが、新政権を樹立するにあたってはそれではまずい。何者かが宮廷を掌握し、皇帝暗殺の機会を可能な限り抑えなければならない。


「あー、ゴルゴダ」


「ロード・パラティウム。心当たりが?」


「いや、適性があるかはわからないんだが、場合によっては、彼女に合った職場かもしれない。という提案だ」


「珍しく歯切れが悪いですね。一体どなたです?」


 ピーターは勘弁したように息を吐くと名前を告げた。


「マリアと名乗る女を拾ってな、経営者にしようと思ったんだがうまくいかなかった。……ああ、厄介払いだとは思わないでくれ、ただ、そう。合ってなかった。それだけだ」


 皇帝は彼が言っていることを今一つ理解しきれなかったが、とりあえず会ってみることに決めた。今のところはほかに選択肢もない。

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