経済闘争編
EP27 憲法制定会議
憲法制定会議にはいくらかの革命軍の有力者が招かれた。
左派から右派まで会議の席上にそろってはいたが、誰が権力を持っているのかは明らかだ。
「ルキウス・セシウス・アントニヌス氏、貴殿に第一の発言権を与える」
議長席から伺うような声がかかる。代々、議会で第一に発言する権利というのは象徴的な意味合いを持つ。元老院だろうと憲法制定会議であろうと関係はない。
ルキウスが第一に発言することに異論が出ないということはつまりそういうことだ。ルキウスは元はスキピオ家当主の邸宅であった広間で立ち上がった。――元老院はすでに修復不可能なほどに破壊されていた。
「本会に集まりいただいた紳士諸君の勇気に敬意を表する。――諸君のように聡明な人々にはすでに周知のことと思うが、元老院が腐敗したのは元老院自身が絶対的な権力を保持し、これを濫用したためである」
一部から反対の声が上がるが、ルキウスは完全に無視した。
「彼らは複数でありながら
やはり一部から反対の声が上がるが、今度はルキウスが手を振って大きな拍手でこれをかき消させた。
「そこで我々は政府を確立するよりも先に、広範な合意によってこれの権力を制限しようと思い立ったのである。諸君の議論によって憲法がより良いものになることを私は確信している」
実のところルキウスはいまだ何の肩書も持ってはいない。彼の肩書は最初から最後まで「元元老院議員」でしかなく、それは彼が一市民以上の存在であることを意味しない。
しかしこの会議場で彼の存在はあまりにも強大だ。皇帝やアレクシウスと並んで革命の最大の功労者である彼にたてつくことができる有力者はおらず、ルキウスはゆうゆうと発言を終えて、他の議員と同じ席に腰を下ろした。
彼の表情は穏やかな微笑から少しも動かない。そして、会議では賛成多数によりルキウスが提出した草案が採択された。
予定調和。すべては完璧に進行している。
右派も左派も草案を提出こそしていたものの、ほとんど議論の対象にすらされなかった。両者ともルキウスの案に強硬に反対したものの、受け入れられるはずもなかった。
だがルキウスの仕事はまだまだ残っている。国家を形成しなければならない。
行政を指導し、法を制定し、経済を安定させ、公共福祉を整備する。すべて統治者として当然の話だ。今は国内を安定させ、半島にかつての繁栄をもたらさなければならない。
「ローマに栄光あれ」
採決された時、大きな拍手が起こる中でルキウスは、小さな声で呟いていた。
体裁上、憲法の公布は皇帝がするべき仕事といえる。
一応は帝国の主権者であるわけだし、最高神祇官や護民官などの伝統的な官職も皇帝が有していたからだ。
皇帝は憲法公布のためにローマまで戻っていた。つい数か月前までなら決して許されないであろう長旅の連続だが、楽しんでいる暇はない。彼の鉄の心臓が動きとめるその時まで、彼が休めるときはないのだ。
「細かい点で問題はありそうですが、解釈次第で逃げられそうではありますね」
憲法を読み終えた皇帝はルキウスに言った。
「ああ、その憲法案なら解釈権を持っているのは結局裁判所と政府で、議員は憲法解釈に介入できない。両者を七つの丘が掌握すれば、ある程度はやりたい放題だ」
ただ、とルキウスは続ける。
「その案が公布されれば、皇帝の実権はなくなるぞ」
ルキウスの憲法では皇帝の権利は厳格に制限され、儀礼上の存在でしかなくなる。立憲君主として当然の話ではあるが、主権を失うのはもちろん、憲法改正の発議も議会の解散すらできない。
「この憲法によって、確かに私は歴史上最も弱い皇帝となるでしょう。しかし我々は七つの丘。これがローマに、救世に必要ならば喜んで引き受けます」
それに、儀礼上の存在では居続けられる。実権がないからといって、何もできないということではないのだ。
採択初日から憲法順守の精神が欠片も感じられないが、かくして1454年憲法と後世に呼ばれる法体系が確立した。
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