EP26 自由に捧ぐ闘争 ―7―

 その法廷は彼らにとって異質だった。百余りの議員が囚われたが、裁判は一人ずつ、順番に行われる。その裁判では、弁護人が立てられ、弁護人は熱心に議員を弁護した。


 そして何よりも異質に映ったのは裁判所として使われた建物の真ん中、裁判長の椅子に座る男だった。マルクス・コルネリウス・ラヴェンナ。数か月前までミラノで議員として働いていたはずの男が、今や同僚を裁かんとしている。


 おかしい。何かが。


 マルクスに直接聞こうにも裁判の不利になると弁護人から止められる。議員たちは答えの出ない問いを自問自答し続けるしかなかった。


「マルクス・コルネリウス・ラヴェンナ。目立たない、凡庸な議員だと思っていたが、どうやら間違っていたようだ」


 牢の中で一人の議員が呟く。


「いったいどうやって奴らに取り入った? 判断が早すぎる……」


 議員はスキピオ派として知られる議員で、元老院ではそれなりの存在感を示していた、いわゆる大物議員というべき人物だった。


 そして彼は中世人らしく、生き残りをかけて最後のあがきを敢行していた。


「何かあるな。ルキウス派にあたりをつけて、金を出した。これだけなら私も全財産を寄付すれば許されるはずだ」


 マルクスはいわゆる大物には数えられることは少ないが、十分に存在感があるベテラン議員だった。元老院内の立場の問題である可能性は低い。


「だが、実際には許されていない。隠した財宝のありかを教えるといっても兵士は聞く耳も持たん」


 彼だけではない。その手の取引を持ち掛けた議員はいくらかいたが、どれも成果を得ることができなかった。


「おかしいな。おかしい。マルクスと私の違いはなんだ?」


 どちらも私腹を肥やしに肥やして市民を踏みつけにした元老院議員だ。奴隷だってたくさん持っている。ラティフンディアも御三家ほどではないが所有している。


 そこから一時間ほども悩んだ彼は、やがて一つの仮説にたどり着くことになる。


「待てよ。マルクスは元から内通していたのか?」


 ありえない話ではないが、彼らにマルクスを裏切らせるほどの賄賂を贈る力があるとも思えない。それにマルクスがしたことと言えば財産の寄付だけ、これでは裏切らせた意味がない。


「いや、そういえば抗戦を主張したのは奴だったか」


 徐々に彼の頭の中ではシナリオが組みあがっていく。


「あの頃からルキウスと結んでいた?」


 数秒考えて彼は頭を振った。


「いや、それでは足りない。だいたい奴に何の得が?」


 だが、おかしい。そう考えれば各派閥の動きがルキウスに都合がよすぎる。かつて元老院から追放した好青年の顔が彼の脳裏にちらついた。


「まさか」


 その顔が脳裏に浮かんだ時、いくつもの彼の仮説が一つに絞られた。


「皇帝も、ローマ総主教も、マルクスもルキウスも最初からグルで……」


 なるほど彼は愚かではなかった。陰謀論としか取れない荒唐無稽な論を理論にまで昇華させた。だが、七つの丘はその一歩先を行く。


「ああ、だめだ」


「何者だ!」


 議員は後ろからかけられた声にはじかれたように振り向いた。


「気づきすぎだよ。本当に議員ってのは頭がいいんだな」


 彫が深く、どこかゲルマン人を思わせる男が牢の前に立っていた。


「裁判でそれを告発されたりしたら困るからな。悪いが……」


 議員に何も言う暇を与えず、短刀を懐から出して議員の首に投げた。短刀は吸い込まれるように首に命中し、鮮血が飛び散る。


「ゴルゴダに報告だな」


 七つの丘の幹部ロード、カールは無感動にその死体を眺め、踵を返した。自殺、ということで処理されることになるだろう。何しろ議員が死亡した時間には、のだから。






「今度は28番のやつが気づいたぞ。これで3人目だ」


 ローマに戻る直前の皇帝にカールは声をかける。


「そうですか。まあ時間も経ちましたし、気づける人間はだいたい気づいたんじゃないですかね」


「どうにかかく乱した方がいいんじゃないのか?」


 皇帝は首を振った。


「裁判で言われると面倒というだけですから、別に問題ありませんよ。それにもうすぐそれどころでなくなります」


「ああ、そうだったな。あと二週間だったか」


 皇帝は微かに笑って答える。


「そう。憲法制定会議です」

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