EP25 自由に捧ぐ闘争 ―6―

 結局、戦闘が終わるその時まで両翼に配された部隊が動くことはなかった。


 だが会戦には投入された皇帝近衛隊が確かな働きを見せ、勝利を飾った。しかし、はっきり言っておかねばなるまい。その勝利は義勇軍のものでも民衆のものでもなく、七つの丘のものだった。


 権力よ。ついに後姿を見せた魅力的な背中に、七つの丘は剣を突き刺す。






 両翼に配されていた日和見主義者の処分は後回しということになった。まあ当然だろう。戦闘はもうないだろうが、戦争は終わっていない。


 まずは当初の敵を倒す。内なる『反動』を粛清するのはその後でも遅くはない。それゆえ、いつかの反撃を今日。義勇軍は正面から堂々とミラノに入城した。


 すぐに皇帝近衛隊が元老院議員の捕縛を開始し、他の義勇軍がそれに続いた。皇帝は元老院議員が所有しているすべての財産を没収する旨の勅命を出し、改めて自らが義勇軍の側についていることを主張した。


 一方で七つの丘の幹部であるマルクスを守るため好意的な議員リストを公表し、彼らの身辺の安全と財産を保障する旨を布告した。皇帝近衛隊の戦場における活躍により皇帝自身の権威は向上しており、彼らに対する略奪を無くすことはできなかったものの、他に比べればかなりましな方だった。


 また、すでに何人かの元老院議員とその家族を捕縛しており、ルキウス率いる中央派閥に監禁されている。御三家の当主はまだ見つかっていないが、見つからなければ見つからないでも構わない。影響力が排除できたのならそれで十分だった。


 彼らは民衆に追われてミラノから逃げた。その事実さえあれば彼らの権力基盤は崩壊したも同然と言える。そう、彼らがいくら牢の中で吠えようとそんな事に意味はない。あるのはただ、彼らはもはや修復不能なほどに打ちのめされたという事実だけだ。


「出せ! ここから出せ!」


「それはできません」


 元老院議員の一人、スッラ家に連なる議員が牢に繋がれている。先月までは到底あり得ない夢物語。それが起きている。世界史は変わった。少なくともこの現実はそう告げている。


「黙れ! 私は元老院議員だ。身体不可侵権がある!」


「そのような虚構の権利は違法です」


 皇帝は抵抗する議員に淡々と返した。そうとしか言えなかった。


「虚構。……虚構だと? 1500年にもわたるローマの伝統をお前は無視するつもりか?」


「……法の支配の原則に基づいて、人間性に反するあらゆる権利は違法で、虚構です」


 議員は一瞬押し黙ったが、すぐに勢いを取り戻した。


「ふん。大層な理想だが、無意味だ。ゲルマン人が動くぞ。必ず奴らは動く。奴らがどれだけ半島人に憎悪を募らせているかお前は知らない」


 血走った目で議員は続けた。


「殺す。殺すぞ。私ではなく、ゲルマン人が。そして、終わるんだ。半島中のラテン語話者は駆逐される」


 皇帝はその言葉を無視するとやはり淡々と言うべきことを言った。


「……あなたには以下の権利が認められます。


 一つ、拷問を受けない権利。


 一つ、自分や家族が不利になる質問について黙秘する権利。


 一つ、公正で中立な裁判所で弁護士を立てて裁判をして、判決を受ける権利。


 以上です」


 それだけ言うと皇帝は牢から離れた。議員らは自らが所有していたものではない屋敷の牢に入れられている。脱出路などを知っている可能性は限りなく低いと考えていいだろう。


 議員は牢から大きな声でまだ何か言っているが、皇帝の意識はもはやそちらに向けられていていなかった。聞くべきことは聞き、言うべきことは言った。


 いや、本当は聞きたいことも、話したいこともあった。スッラ家とは因縁と呼べるほどのものかはわからないが、他の御三家とは違う感情があるのは事実だ。


 だが、もはや無意味だろう。不完全なものはやがて過ぎ去る。それは幼子の時のように。

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