EP24 自由に捧ぐ闘争 ―5―

 それはその規模に見合わず、地味な始まり方をした。


 一般に会戦はすべての戦力を動かすことをもって始まりとなることが多いが、その時は違った。


 まず初めに動いたのは義勇軍の中央。ルキウスが号令を飛ばして民衆が軍団レギオンに向けて突き進む。時が来たことを悟った軍団レギオンは正規軍にしては遅すぎる速度で戦闘準備を整えた。


 伝統の槍投げはとうに廃れ、長弓ロングボウの矢が両軍に降りかかる。多数の死者を出しながらも、決戦の中の決戦、白兵戦へ持ち込むべく義勇軍は進み続けた。


 対する軍団レギオンも槍を構えついに両軍は衝突する。


「始まりましたか」


「ああ」


 軍団レギオン約2万対義勇軍中央約1万の戦い。当然のことながらすぐに1万は押し負けることになる。今のところは概ね拮抗というところだが、後30分もすれば旗色が悪くなっていくだろう。


 それを解決するのは簡単だ。左翼と右翼が突入すればいい。下手な策を弄せずとも勝てる。数は正義だ。


「やはり動けないようですね」


 だが、動けない。隣にいる軍が裏切るかもしれない。その疑念は指揮官の決断も兵士の足も鈍らせる。動くのは相手が動いてからだ。お互いがそう思うばかりでは当然状況は変わらない。


「ああ。想定通りだな」


 小さな声でアレクシウスが答えた。


 中央は動いたが、左翼も右翼も動かなかった。これは戦後に大きな影響を与えることになるだろう。


「しかしこのままではいけません」


 そう。このままでは負ける。負けては何の意味もない。


 だがもう右翼と左翼は動かない。こうなれば一気に戦況は軍団レギオン有利。微かにだがすでに中央の軍が押され始めているのが見える。


「ルキウス氏。右翼と左翼はどうして動かないのですかな」


 他の兵士がいる前でわざとらしくアレクシウスが大声でルキウスに尋ねる。必要なことだ。茶番も、死者も。


「アレクシウス氏、どうも彼らはお互いが裏切るのではないかと疑心暗鬼になっているようだ」


 大げさに肩をすくめてルキウスが言う。この瞬間にも死人は積み上げられているのだと思うと二人は吐き気を催すほどだったが、どうにか耐えてその任務を完遂する。


「なんと情けない。このようなローマの一大事に味方を疑うとは。彼らには帝国を愛する気持ちがないのでしょうか」


 やはり大げさにアレクシウスが嘆いてみせる。


 そこで皇帝がようやく口を開いた。


「本当に嘆かわしいことですね。――時にアレクシウス卿とルキウス卿にご提案なのですが、予備戦力の投入というのはどうでしょう」


「陛下、残念ながら我々義勇軍にそのような余裕はございません」


 なるほどルキウスの手勢は義勇軍中央の約1万しかいない。だが七つの丘の戦力はそれだけではない。


「いえ、実は私の護衛部隊が追従してきているのです」


 これを持って任務は完遂する。会戦の有利不利は再び逆転し、万事七つの丘が描いた方向へ。






 小麦相場で儲けた莫大な金。それを今の今まで眠らせておく余裕など零細秘密結社にあるはずもない。必然、それら資金は投資に回されることになる。


 そこで編成されたのが一つの旅団だった。


 皇帝近衛隊と命名されたそれは皇帝の身辺警護を行う名目で創設されたが、実態は七つの丘による実力部隊に過ぎない。兵士自身はそのことに無自覚だが。


 皇帝近衛隊は不況によって大量発生した失業者を5000人程度集めて創設された。


 アレクシウスと騎士団の精鋭によって訓練された彼らはもはや軍団レギオンを遥かにしのぐ練度に達している。


 ふと敵陣の後ろからラッパの音が響く。伝統ある同一歩調行進と双頭の鷲が描かれた隊旗が軍団レギオンの背後を強襲する。


 たとえ5000と多いとは言えない数でも敵の後方に現れれば話は違う。正面で押されつつある義勇軍中央はたちまちに息を吹き返すだろう。


 ここからでも聞こえるほど大声量で突撃の号が飛ばされた。


 それに伴って、魔術によるものであろう爆発音が聞こえる。彼らはある程度魔術を戦闘に応用するすべまで学んでいたようだった。


 対する軍団レギオンは魔術に対抗する明確な手段を持っていなかった。少数が魔術を打ち返すが、作用はバラバラで戦略的に積み上げることができていない。正規軍としては致命的と言える。


 結局のところ、弱者とは痛みを再生産するだけの機関に過ぎないのだ。

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