EP23 自由に捧ぐ闘争 ―4―

 ミラノ近郊に展開された軍団レギオン、総勢2万は義勇軍約5万と相対している。職業軍人と言えど倍以上の兵数差ではまず勝ち目はない。


 ここからどうにか義勇軍のピンチを創出し、しかもそれをアレクシウス、ルキウス、皇帝の三人の力によって解決し、最終的に勝利しなければならない。決して簡単ではないが、手駒がないわけでもない。


 何にせよ、もう一度踏むべきリスクがそこにはある。


「裏切り者の定番と言えばサボタージュですかね」


 戦場にいる三人はアグネスと何名かの七つの丘に所属している護衛を引き連れて森の中で密会している。


「我々がサボタージュしたところで大勢は変わらんだろう」


 アレクシウスは冷静に答える。


「大勢をひっくり返すにはやはり同士討ちか?」


「強引すぎる。下手すれば断頭台に最初に上るのが我々になるぞ」


 アレクシウスはやはり冷静にルキウスの提案を退けた。


「難しいな」


 ルキウスは唸るが、半ば考えるのを諦めている。


 七つの丘は分業制。それは必ずしも絶対的なものではないが、方針決定に際して頼りにされる陰謀を作り出すのはゴルゴダの仕事だった。


 ルキウスとアレクシウスがちらりと皇帝を見る。皇帝は嘆息し、また口を開く。


「では、こうしましょう」


 こうなるよな、とルキウスがつぶやいた。






「やはりこの状況で我々自身がピンチを作り出してしまうのは避けたい」


「私もそう思う」


 アレクシウスが重々しく同意した。


「つまり裏切るのは我々であるべきではない。他人に裏切らせましょう」


 今度はルキウスがため息をつく番だった。


「つまり?」


「つまり、リスクは他人に踏ませ、おいしいところは貰っておくということです」


「悪辣だな」


 アレクシウスは端的にその策謀を評価した。


「それが我々のやり方です。もはや七つの丘に手段を選ぶ余裕など存在しない。あるのはただ目的だけです」


 皇帝の眼は死んでいない。深い絶望を打ち消す覚悟が燃えている。


「……具体的にはどうするんだ?」


 ルキウスが話題を変えにかかる。ひとまずアレクシウスも皇帝もそれに乗る。仲たがいなどしている場合ではないのはわかりきっていた。


「我々『革命軍』も一枚岩ではありません。人間が3人いれば派閥ができるとはよく言ったものですが、大きく分けて中道、右派、左派がいますね?」


「ああ、ルキウスが率いる中道。奴隷や農民を中心とした左派。商人や地主中心の右派がいるな」


 基本的には反元老院というだけで固まっている義勇軍だけに最終的に目指す理想はバラバラになっていた。ルキウスの影響は小さくはないが、左派と右派では彼を上回る影響力をもった指導者も現れ始めている。


「奴らを思い通りに動かすのは無理だぞ」


 ルキウスが皇帝に釘をさすが、当然そんなことは皇帝も承知している。


「もちろんです。ですが、ある程度操作することなら可能です」


 何かに感づいたのかルキウスがうんざりした顔を浮かべる。


「そう。プロパガンダです」






 横に広がった義勇軍の陣形は中央、右翼、左翼で構成されそれぞれ混ざり合ったり、連携したりすることはない。


 その名の通り(といっても彼らを右派、左派と呼ぶのは七つの丘だけだが)左派は左翼に、右派は右翼に配され、両者は緩やかに対立していた。


 火種があるなら空気を送り、薪を集め、火を大きくするべし。今度は口伝でルキウス主導のプロパガンダが行われた。


 左派には拝金主義者が元老院に買収された。奴ら反動は我々を裏切るつもりだ。という噂を流した。もともと右派に不信感があった左派は右翼に展開する右派へ更なる疑心を募らせた。


 右派には貧民どもが右翼を攻撃しようとしている。嫉妬深い連中は敵と味方の区別もつかなくなったようだ。と触れ回った。同じく左派への不信感を持っていた右派は左派へ疑いの目を向ける。


 義勇軍全体は両軍にらみ合いの数日間で、瞬く間に疑心暗鬼に陥った。


 皇帝はすべてを見届け静かに告げた。


「さて、準備は万端整いました。会戦といきましょうか」

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