EP2 ローマ密約 ―1―

 クイリナーレ宮殿の秘匿された地下エリアにその部屋はある。重厚な木製の円卓にしつらえられた8つの椅子は見る人によっては円卓の騎士を想起させるだろうか。もっとも、この世界のそれはよく知られたそれとは少々異なるが。


 最後まで空いていた一番扉に近い席に皇帝が座ると、8つの椅子はすべて埋まった。


「ゴルゴダが来たことだし、始めるとするか」


 口火を切ったのは一番奥に座る老齢の男だった。


「まずは、現状を整理すべきだろう」


 その脇に座る金髪の男が意見した。


「そうだな。ではウェリア、現状を報告してくれ」


 ウェリアと呼ばれたのは長い顎髭をたくわえ、司教冠をつけた男。その姿は見まごうべくもない、世界に五人しかいない教会の最高責任者たる総主教の一人、ローマ総主教グレゴリウス8世だ。


「了解した。――ローマ帝国では現状三つの勢力によって争いが起こっている。一つは元老院。もう一つはゲルマン人。最後が教会だ。それぞれイタリア半島とアフリカ、西欧と中欧、帝国東部に強い権益を持っている」


 グレゴリウスは卓に置かれた水で薄めたワインを一口飲むと続けた。


「元々ローマを支配していたのは元老院派だ。ただ元老院は立地的に教会とゲルマン人に挟まれている上に、内ゲバで弱体化している。そこに付け込んで教会派がローマを掌握した。と見えているだろう」


 手を組み、やや前のめりになってグレゴリウスは言葉を重ねる。


「だが事実は違う。実際にはこの武力蜂起は我々『七つの丘』が仕組んだものだ。七つの丘の幹部である私が教会を取り仕切る五大総主教会議の場で進言した」


「前置きが長い」


 金髪の男が口を挟んだ。


「職業病だ。許せパラティウム」


 パラティウムと呼ばれた金髪の男はふんと鼻を鳴らすと再び黙った。


「さて、ローマは三日間の戦闘を経て教会が奪い取った。帝都の統治はこれからローマ総主教庁が行うことになる。私もローマ総主教庁を完全にコントロールできているわけではないが、ある程度の無茶は聞くことができるだろう」


 一番奥の男は重々しく頷くと、次に金髪の男とは反対に座る老人に話を振った。


「キスピウス、元老院側の認識も変わりないか」


 話を振られた老人は、現役の元老院議員マルクス・コルネリウス・ラヴェンナ。元老院を支配するコルネリウス氏族の一員にしてラヴェンナ家の当主だ。


「特にないな。補足するなら元老院はローマにそれほど興味を持っていない。奴らの執心はもっぱらアフリカと南北イタリアのラティフンディアだ」


 ラティフンディア。広大な奴隷制農園のことだ。ローマ帝国の最も伝統的な食糧生産施設で、その多くは元老院議員が、さらに詳しく言えばコルネリウス氏族の議員達が所有している。


「根腐れしとる」


 皇帝の隣に座る壮年の男が呟く。


「おっしゃる通り」


 マルクスは諦めた様子で応じた。


「よし、現状はこんなものだろう。感謝する、ロード・ウェリア、ロード・キスピウス」


 一番奥に座る男は淡々と議事を進める。


「では次にウェリアが議題を持ってきているそうだ。彼の話を聞こう」


 もう一度グレゴリウスが口を開いた。


「教会が新たな計画を発行した。主導しているのはアレクサンドリア総主教マルコ11世。計画内容はアエギュプトゥス全土の掌握」


 金髪の男に言われたことを気にしているのだろうか。今度はかなり手短に話をまとめた。


「元老院をさらに叩くか」


 誰ともなしに言葉を漏らす。


「さすがの元老院もこれには黙っていられまい」


 ポツリポツリと意見が出るが、そのどれも彼ら8人の考えを正確に表しているわけではない。皆の考えを代弁するべく皇帝が初めて言葉を発した。


「これは、使えますね」


 他の7人はほの暗い笑みを浮かべた。

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