第8話  演習

「すげーなお前。軽いとは言っても、初見で躱されたのは初めてだぜ」

「そうか? 偶然だよ、偶然」

 自分が理解できる範囲を超えたことをしていた。無意識に迫ってくる重撃に対して最も適切な行動をできるとは思っていなかった。

 そこからさらに後方に跳び、間合いをさらに離す。

「なら、遠慮なくいくぜ!」

 イヴァンがハルバートを構えなおし、二撃目の用意をする。

 さっきの一撃は自力で躱したわけじゃない。まるで別の誰かに動かされたように身体が勝手に動いたようにも感じる。そんな偶然はもう一度起こるかはわからない。次は自力で躱さないと、たぶん殺られる。実際には死にはしないだろうが、

 今度は上段からの袈裟斬り。ハルバートの刃は刀のそれより短いが、重さがあるため破壊力は刀以上にある。凍桜がいくら魔器装だからといっても、その一撃をまともに受け止めたらまずい。

 振り下ろされたハルバートの刃に対して凍桜を少しだけ斜めに構え、威力を殺しながら受け流す。そして、受け流した余力で回し蹴りを叩き込む。

 しかし、強化体操服の生地を掠めるだけでダメージにはなってないようだ。

「今日初めて魔器装に触れたとは思えないうごきだな。昔から使い込んでいた愛用の武器を取り返したように見えるぞ」

 イヴァンが振り向き声をかける。

「それは褒めているのか?」

「言葉通りに受け止めてくれていいぜ。オレは中学からずっと強襲科一筋で学園生活をしてきたから、模擬戦とはいえ負ける気はないぜ」

 なるほど。同じ一年生と言っても、学園都市内には中学校もあったはず。

 つまり、俺とアイツの間には三年近い経験差があるのか。

 今日専用器を貰ったばかりのぽっと出に、負ける理由は無いということか。

 確かに実力差はある。だけどそれを覆すことが出来ないわけじゃない。

「俺も負ける気はない」

 凍桜となら、埋められない程度の差に感じない。

 勇斗のほうから距離を詰められない。隙の無い構えを崩す手段を知らない。

(知識なし、経験なし、この状態でどうすれば勝てる? 負ける気はないと啖呵切ったとはいえ、攻め方を知らない俺が勝つ方法か。難しいか)

 じりじりと間合いを詰めていくイヴァンに対し、中段に構えた《凍桜》を握り直し、相手の出方を窺う。

『空気をかんじて。相手の呼吸に合わせて体を動かすんだよ』

 そこにいるはずのない誰かのアドバイスが聞こえた。

(誰だかわからないが、この声に聞き覚えがある。ただ、いつ聞いたのか記憶にない)

 そのアドバイスを信じて相手の呼吸に耳を研ぎ澄ます。

 相手の呼吸が聞こえてくる。空気の流れがわかる。自分の身体に知らない感覚が流れ込んでくる。

 イヴァンもこういう風に感じているのか?それとも、凍桜の力なのか?

 いつの間にか詰められ、三メートルの距離。イヴァンの魔器装なら踏み込めば届く距離だ。さっきよりも速いスピードで振られたら避けられないかもしれない。

「ウラーーーーー」

 掛け声をあげて、イヴァンは一瞬で勇斗に肉薄する。

『右袈裟が来るよ。しゃがめば躱せるはずだ』

 また声が聞こえる。今度は相手の攻撃を読んだかのような行動指示。

 無意識のうちに俺はその声に従いその場にしゃがむ。

 しゃがんだことにより、頭上でイヴァンのハルバートの刃が空を切る。

「まさか、オレの攻撃を二回も避けるとはな。だがその体勢じゃ、こいつは避けられない」

 空を切った、ハルバートの振り下ろし。しゃがんだ状態から躱すなんて、無理だ。

『左に転がりなさい。そのまま距離を離せば、立てるだけの時間は稼げるだろ』

 俺にアドバイスをする声がまた聞こえる。誰だかわからないがこのアドバイスを活かせば勝てるかもしれない。

 俺は言われた通り、左に転がり距離をとる。ハルバートの刃がアリーナの床にめり込んで隙が出来る。その隙に立ち上がり、自分にアドバイスをくれる声に干渉を試みる。

(聞こえるか。俺の声が)

 頭の中に直接声が聞こえるなら、俺も同じように頭の中から声を送れるはずだ。

『………』

 謎の声の主から返答は来ない。

(当然といえば、当然なんだけどな)

 釈然としないが、こちらからの干渉はできないようだ。

 凍桜の柄を握り直すと、本来この場所では感じることのないであろう、ひんやりとした冷気が手に伝わってくる。

 刀の鎬付近から白露が零れ落ちてきている。

 その雫が凍桜の刀身に流動的な刃を形成していた。そして形成に不要な部分が刀の周囲に滴り落ち、不規則な氷柱を幾つも造形していた。

「これが、凍桜の力なのか?」

『絶凍の魔器装〈凍桜〉。無刃の理由は、その能力を制御するためのリミッターが要らないからだ』

 また聞こえた。凍てる雫刃だじん滴るこの状態が本来の姿。そして、自力で制御する前提の魔器装。



「魔力の顕現。いや、そんなことが在りえるのか」

 杜若には見慣れているが、授業中に見ることはないと思っていた。

 代表候補生には専用の魔器装を与えられるが、魔器装との適合率が高くなければ発現しない。

 たとえ極めて高い適合率を以てしても、初めて手にした魔器装で魔力の顕現をすることは不可能に等しい。杜若教諭が天位十二界に就いていた時ですら、魔力の顕現した魔器装を目にすることはほとんどなかった。

 杜若本人には使い熟すことが出来ずに任期を終えた。

「魔力の顕現? どういうものですかそれは」

 周りにいるクラスメイトが、徐々に周囲を侵食していく氷柱から逃げるように、担任のまわりに集まり、聞いたことのない単語に聞き直す。

「端的に言えば、魔器装のエネルギーが出ている状態だ。基本的に一日二日でコントロールできるようになるのは稀有な例だ」

 どれだけの才能があったとしても、一日足らずで習得できるとは思えないものを扱っている。

 もしかしたら、暴走の危険性を秘めている。それの見極めができるからこそ、杜若は教育者としてここにいる。



「まさか、あの状態から攻撃を躱すとはな。本当に実戦経験ないとは思えないぜ」

 床にめり込んだハルバートを抜きながら驚く。

「言っただろ、負ける気はないって」

「そうだな、オレも本気でかかっていくぜ!」

 イヴァンは氷柱程度では驚きもしない。それどころか、全力を出せることに興奮しているように魔器装を構える。

 空気の流れ、相手の呼吸から動きが手に取るようにわかる。

 また袈裟切りだろうか、ハルバートを上段に構えるがほんの少し正中からズレがある。

 今度は勇斗のほうから駆け出し、距離を詰めようとする。

 距離およそ十メートル。イヴァンの振り下ろすスピードを考えるなら、自ら距離を詰めるのはリスクを抱えることになる。だが、凍桜が周りに振り撒いている冷気。その影響に相手が気づかなければ、戦闘を有利に進められる。

 周囲の気温の変化に気づかなければ、攻撃にも回避にも初動が遅れる。

 周りの生徒からは、無策に勇斗がイヴァンの間合いに入って行ったように見える。

 戦闘中の一刹那の遅れは、致命打に繋がる。

「嘘だろ?」

 イヴァンは自分の身体が意識しているより、コンディションが悪くなっていることに驚き、より一層腕に力を込め振るう。

 凍桜の氷刃をなんとか柄で受け止める。


 ギシィィ。


 ハルバートの柄に当たる寸前、念のために両手で握っていたが衝撃を逃がすほどの技術も知識も持ち合わせていない勇斗の腕から、骨の軋む音が響く。

 想定外の衝撃で、腕に込められた力が一瞬緩んでしまった。

 だが、その一刹那は勝敗を分けるには短すぎた。

 勇斗が力を込め直すだけの余裕があった。

 その結果、イヴァンと勇斗の迫り合いになった。

 二人の体格差を鑑みれば、イヴァンのほうが圧倒的に有利。

「なんかやばくないですか?」

 氷の侵食範囲外から観戦していたクラスメイトの一人が声を上げていた。

 迫り合いをしていた二人も少し下にずらすと、パキパキと音を上げながら、ハルバートの柄を、勇斗の腕を、その足元を凍らせていた。

「まずいな、暴走している可能性が高いな。二人を離して、初魄を納刀させるか」

 この時の杜若が下した判断は間違っていた。

「ジューコフ、離れろ!」

 杜若が指示を出す。

「無理っす。魔器装が凍ってて、剥がせないです」

「一旦、魔器装から手放してでも、離れろ。命令だ!」

「でも………」

 徐々にハルバートの柄が凍っていき、イヴァンの手元近くまで侵食されていた。場合によってはイヴァンの命に係わる問題だ。

「被害を最小限に抑える必要がある。いまは自分のことだけ考えろ」

 杜若はいまだに信じられないが、他の生徒の安全を最優先しなければならない以上、イヴァンを下がらせる。

 その気配を察すると舌打ちをして、ハルバートから手を放し安全圏まで下がる。

「一体どうなっているんですか?」

 凍桜が産み落としていく白露が、勇斗自身を氷の繭で包み込むと、周りに数多の氷槍を造り侵食が止まった。

「選定が始まる」

 アリーナを一望できる場所から様子を見ていた遊馬が呟く。

 彼は万が一に備えてここにいるが、現時点では手を出せない。

「さて、選ばれなかったときはどうなるのか」

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