第5話  願事

 昼食を終え、教室に戻る途中の渡り廊下。その中で一番高いところにある、一年生に向けてつくられたであろう吹きさらしの渡り廊下。その中央付近に生徒会長がいた。いたからと言ってなにか悪いことをしたわけではないので、大して警戒する必要はないのだが。

 こちらに気づいたようで、あちらから近づいてきた。

「学校では初めましてですね。エレーナ・ジューコフと言います。一年程の任期ですがわたしが生徒会長を務めています」

 生徒会長エレーナ・ジューコフがにこやかに名乗る。


 近くには勇斗と彼女以外、誰もいない。


 もしかしたら、自分とは別の誰かを待っているのと考えていたが、そんなことはなかった。

 この人をどこかで見たような気がする。ついでに名前も。

「えっと、初魄勇斗です。生徒会長が俺に何の用ですか?」

 数秒の沈黙。何か考えているのかもしれない。

「そうですねぇ、生徒会いえ、代表候補生として忠告があります」

 この人も代表候補生なのか。それは置いておいて、忠告?何も悪いことはしていない。

「別にそこまで気にしなくても大丈夫だと思うので、聞き流してもらってもいいのですけれど、まず代表候補生としての品格を疑われるようなことは慎むように」

 別件ですが、そう前置きをして忠告を続ける。

「校則はできるだけ守るように。………その、個人的なお願いをしても大丈夫でしょうか?」

 生徒会長直々に個人的なお願いをされるとは、断りにくい。

「愚弟ではありますが、イヴァンと仲良くしていただけますか?確か同じクラスのはずですので、よろしくお願いしますわ」

 生徒会長は軽く勇斗に対し軽くお辞儀をして、教科棟へと戻っていった。

 ああ、あの人はイヴァンの姉なのか。言われてみると、顔のパーツが似ているような。

 勇斗には日本人以外の顔なんて言われてみれば確かに似ている程度にしか判別できない。

 隣の席の相手だし面白い奴だから、少なくとも友人にはなれると思っている。

 教室に戻るとイヴァンと伊織は雑談をしていた。




「おう、戻って来たか。どうだった食堂は?」

「大丈夫?ケガしてない?」

 何故か怪我の心配をされた。まあ、食堂前での喧嘩騒ぎを見たら、少なくとも伊織は好き好んで行きたがらないのだろう。

 あれを見たら、新入生や転入生はなかなか足を運びにくいだろう。

「別に何ともないぞ。食堂の前で喧嘩がはじまりそうになったけど、生徒会長が収めてくれたし」

「生徒会長に会ったの⁉ いいなー、近くで見てみたい。すごく可愛いんでしょ?」

 目をキラキラときらめかせて聞いてくる。

 あの人は確かに、見た目は可愛かった、その場に居た全員が見惚れてしまうほどに。言葉遣いは威嚇目的だったのだろう。あとで会った時には丁寧な喋り方だったし。

「姉さんは客観的には可愛いほうだと思うけど、性格に難があるぜ」

 きれいだけど性格に難がある。イヴァンはそう言うが、性格に難があるというのは身内の評価としか考えられない。

「え、もしかしてイヴァンと会長って姉弟なの?」

 伊織が驚愕する。

 俺もさっき聞いたばかりだが、そこまで驚くようなこととは思えない。生徒会長を近くで見れば何となく似ていることは分かる。

「姉弟の仲はいいの?」

 伊織は興味津々だ。確かに興味がないと言えば嘘になる程度には気になる。

「いや、オレと姉さん別のアパートに住んでいるから、進学してからはあんまり接点がなくなったんだよな。別に特別悪いわけでもないぞ」

 なんとなく、二人の間になにかがある。ただ触れるべきではないものだ。

 俺もあんまり育った環境とか、根掘り葉掘り聞かれたくはないから、そういうものの類だ。

 その雰囲気を察して伊織もそれ以上聞かないようにする。

 タイミングを計ったかのように予鈴が鳴り、教室にいる生徒はちらほらと自分の席に戻りだす。

「今日は月曜日だから、普通の授業だけど金曜日は専修だからね。間違えると大変だよ~」

 伊織はクスクスと笑いながら授業の準備を始める。

(専修の授業か、それまでに魔器装が届くんだろうか)

 午後の授業が始まり、専修のことを考えることを放棄した。

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