編入篇

第1話  再会

 俺が入って来た西門は居住区に続いている。人工河川によって、区画整理をしているとのことで、この辺りの町並みは碁盤の目のようになっているらしい。

「はぁ、何処が俺のアパートだよ」

 西門から道をひたすら歩き続けて二十分ほど経っている。しかしアパートはまったく分からなかった。

「この地図本当に役に立たねえ」

 持っていた地図。いや、地図と言うよりは案内図のようにしか見えない。それには『西門から入って三十本目の路地を右行って、二十本目の路地を左行って真っ直ぐ行った突き当りの白いマンション』と書かれていた。迷路の様に入り組んでいるわけではない、ただ数えながら行くには交差点の数が多い。バスを通しておくべきではないかと思わせる。仮に通っていたとしても、目的地の地名を知らない彼にとっては、無用なものでしかないが。

「勇斗? 勇斗じゃない! どうしてここにいるの?」

 後ろから声をかけられ振り向くと、少女が立っていた。

「久しぶりだな、伊織」

 朱鷺崎伊織ときさきいおり俺の幼馴染だ。日本生まれ日本育ち。当然と言えば当然なのだが、如何いかんせんここには世界各国から留学生が集まってくる。日系と直系の違いが分かりにくいらしい。二つに結われた夜色の長髪、線の細い身体ではあるが、出るとこは年相応に出ている。

 この学園都市内の高校に進学することになり疎遠になると思っていたが、こんなに早く再会できるとは思ってもみなかった。

「久しぶりね。こんなところで何してるの?」

 伊織は俺が普通科高校に進学していると思っている。俺も一ヵ月前までは普通科に通っていたのだから。

「色々あって転入することになってな」

「ふーん、何か悪いことでもしたの?ふふふ」

 いたずらっぽく笑いながら近づいてくる。

「悪いことなんかしてねえよ。なんか国の事情とか言われて来たんだよ」

 ことの顛末を話しても納得はしないだろう。俺自身まだ理由をちゃんと聞いていない。

「そっかぁ。じゃあ勇斗がヴァリトの代表候補生になったんだ」

 ヴァリト?

「ヴァリト公国だよ? ニュースにもなったじゃん。天剣が新興したって言う国だよ」

 ヴァリト公国か、聞いたことはある。


 天剣。魔器装マギアの中でも、異常な数値を叩き出した七振りの所有者。一振りで小国を潰せるレベルの超兵器。その中でも頭一つ、いや二回り以上を叩き出した、核兵器並みの魔器装を所有者が建立した国。

 自分には関係のないどこか遠いところの話だと思っていたが、突然身近な話になる

とは思わなかった。


「転入組かぁ。いいなぁ」

「なにがいいんだよ? 突然代表候補生って言われてもわけわかんねえよ」

「学費免除でしょ、魔器装の帯装許可でしょ、それに実質将来が決まってるし、いいことずくめだよ?」

 学費免除は確かに俺にはありがたい話だ。魔器装の帯装許可はよくわからん。将来が決まっている?一体どういうことだ?

「それはいったん置いといて、俺いま道に迷ってんだけど、この場所わかるか?」

 地図を伊織に渡す。地図を見ると困った様に眉を下げたが、理解できたらしくすぐに顔を上げる。こいつは昔からそうだが困っている人に手を差し伸べたがる。

「あのマンションだよ」

 そう言って指さしたのは、小高い丘の上に立つひときわ高いマンションだった。あれが俺が住む場所なのか、でかすぎるだろ。

「そうか、わかった。案内頼めるか?」

「いいよ、案内してあげる」

 こいつの性格を考えれば、快諾してくれると思っていた。

 迷うことなく道を進んでいく。その間俺にこの学園のことを話してくれた。ここは学生の居住区で、別の区画に学校があるらしい。どの高校に通っているかも話してくれた。同じ第三高等学校らしい。いまはゴールデンウィークだから学校は休みなのだろう。

「着いたよ。ここは学園都市で一番大きいマンションだから、ここから学校が見えるよ」

 辿り着いたマンションは二十階建て位の大きさだ。孤児院で過ごしていたころからは考えられないサイズだ。

「何階? あーでも、わたし入れないや」

 どうして? 俺は伊織に聞く。

「ここセキュリティ高くて関係者以外入れないようになってるから」

 セキュリティが高いとかいままでの生活からは考えられない設計だな。本当に場違いなところに来たように感じる。

「そうか、道案内ありがとな。じゃあ学校で会おうぜ」

「うん。またねー」

 手を振って伊織は来た道を戻っていった。

 玄関に着いたが扉は開かない。自動ドアではないのか?

『カードキーをスキャンしてください』

 無機質な機械音声が玄関横の端末から聞こえた。

 通行証として貰ったカードだが、敷地内ではカードキーとして使えると詰所の警備員に教えてもらった。これを端末のスキャナーに認証させればいいようだ。

 ピピィ。ガチャン。鍵の外れる音がした。どうやらこれではいれるらしく、自動ドアが開く。

 十二階の一二〇二号室か。エントランスで何階に部屋があるのかを確認する。エレベーターの上を押す。

 十二階とかどれだけ高いんだよ。二十階建てってだけでもびっくりなのにその半分より上の階に住むとか、代表候補生? には、それだけ権力があるということになりそうだ。

 エレベーターがエントランスに着くと、中から一人の少女が出てきた。

「あら、はじめまして。転入生さんこれからがんばってくださいね」

 白いサマードレスに白いカーディガンを羽織った、いかにもお嬢様ですといった感じだ。俺なんかよりもよっぽどこの場所にあっている雰囲気だ。

 名前を聞こうと思い振り返ったら、既に自動ドアを出ていた。

「なんなんだ。いまの」

 エレベーターの扉が閉まりそうになったところで、自分が自宅に行くということを思い出し、エレベーターに乗る。

 目的の階に着くと、部屋の前にはあの時の青年が立っていた。

「やっと来たかい。久しぶりだね。あの時はちゃんと名乗っていなかったから今回はちゃんと名乗ろうか」

 一呼吸置くように缶コーヒーを飲み干す。

音葉貳遊馬おとはにゆまと言います。よろしくね」

 音葉貳遊馬と名乗った青年は握手を求めるように手を差し出す。

「初魄勇斗です。よろしくお願いします」

 俺も相手に倣い自己紹介をして、差し出された手を握る。

「うん。よろしく。とはいっても、もう時間がないから手短にはなすね」

 そう言って一拍おくと淡々と話しだす。

「今日から君はヴァリト公国の代表候補生として、ゴールデンウィーク明けくらいに第三高等学校似通ってもらうことになるから、今日明日中に部屋の片づけをして学園都市の地図を少なくとも通学路辺りは頭の中にいれておいてね。あと魔器装は後日校長のほうから直接貰ってもらえるかな。ここまででわからないことはあるかい?」

 一呼吸でさらさらと話し終わると、理解できたかを確認する。

 言っていることは単純。ゴールデンウィーク明けから高校に入るので、通学路を覚えること。それは先日に渡された資料に書いてあった。ただ、俺が聞きたいことはそれではない。

「ヴァリト公国の代表候補生ってなんで俺なんですか?」

 これまでずっと気になっていたことを聞く。知っているとは思ってはないが聞くだけなら問題ないだろう。

「いい質問だね。簡単に言うと、ヴァリトの元国王が君にご指名だからだね。僕にもあの人の考えが分からないから推測だけど」

 他国の国王が興味を持った? 俺に? いつ俺がそんなことをやったんだ?

「君の疑問はわかるがこっちも時間が押しているから、ここで切るよ?」

 心当たりが何かないかと真剣に考えていると、遮るように遊馬さんが会話を打ち切る

 俺のために時間をあまり割けないらしい遊馬さんが移動する寸前でこれから一番重要な問題を聞く。

「待ってください。最後に一つだけ教えてください。こんなところに住むとして、家賃を払い続けるほどのお金持ってないんですけど、家賃どうすればいいんですか」

 一番の疑問だった。俺は孤児院出身だ。身寄りのない

「ああ、お金については気にしなくていいよ。代表候補生だから、ヴァリトの方で工面してくれるよ。月二十万くらい振り込まれているだろうから。あと、僕の携帯番号とアドレスが名刺に書いてあるから。じゃあまた今度」

 遊馬さんは忙しいらしく、名刺を渡して説明終了と言うなり、廊下から飛び降りて行った。

 ここ十二階なんだけどなぁ。

 当たり前のように飛び降りていたからまったく違和感がなかった。


 カードキーで鍵を開けると、まだ何も入っていない下駄箱とシンプルな玄関があった。

「一人で過ごすには広いけど、いい部屋だな」

 ひとり呟くと、玄関を上がり廊下を歩く。あいだに二部屋あった。一つは和室、もう一つは洋室だ。両方六畳ほどある。廊下の突き当りのドアを開けるとそこはリビングだった。荷物は洋室にあったが、ここにはテーブルとイスそして、ダイニングキッチンがある。学生が一人暮らしするには充分、いや広すぎるくらいだ。

「同居人欲しいよな。ここまで広いと」

 キッチンに入ると、冷蔵庫を開ける。何も入っていないと思ったが、コーラと麦茶が冷やされていた。誰かが入居する前に仕込んでいたのか?さっきドアの前に居た遊馬さんがやっておいてくれたのかもしれない。ありがたいことだ。

 コップに麦茶を注ぎ飲み干す。

「さて、片づけをしないとな」

 片付けをするために洋室に行く。


 初魄勇斗は孤児である。それは覆すことの出来ない事実である。本人は気にしていないようにふるまうが、周りにいた人はそこに触れることはなかった。

 両親の顔どころか、名前すら知らない。孤児院の前に捨てられていたわけではないが、誰かが幼かった彼を孤児院に預けたというだけだ。

 彼が最近思い出したようにその誰かを知りたいと願い始めた。

 生まれた場所も家族も知らない彼ではあるが彼が暮らしていた孤児院は十分とは言えないが、それでも不自然な寄付が何処からか来ていた。あしながおじさんと言えば聞こえはいいが、一か所から毎月のように届くことは不自然である。

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