第7話 百聞は一見に如かず
「おい、出来損ない!」
誠の視線の下でガラの悪そうな女の子の声がした。誠は我に返って視線を下におろす。
少女が立っている。先程から誠を見つめていた、小さな少女だった。誠と目が合うと誠を挑発するように自信に満ちた笑みを浮かべている。
先ほどは遠くてよく見えなかったが、彼女の着ている服は東和警察の夏服である。
「あのー君」
誠はいいお兄さんを演じるべく、腰をかがめて目の前の小さな女の子の視線の高さに合わせた。
「どこから来たのか知らないけど、ここは関係者以外は入っちゃいけないんだよーわかるかな?」
そう言いながら、誠は目の前の女の子を観察した。
年のころは8歳ぐらい。黒い髪で後ろ髪をおさげにしている。
顔は整っていて、『美少女』と言えなくもないが、その目はランランと鋭い眼光を放ち、にらみつけるようなその視線は彼女のガラの悪さを表しているように感じられた。
「使えねー奴は考えることもおめでてーんだな。アタシがここにいるのは関係者だからに決まってんだろ?馬鹿じゃねーか?こういうところに出入りする人間じゃなきゃ、こんなもの持ってねーだろうが!」
少女は完全にあきれ果てて軽蔑しているような口調でそう言った。
さすがに日頃は穏やかな誠も、ここまで罵られれば、しつけのために怒鳴りつけたくもなる。
ただ、少女がそう言って自分の右腰を叩くのが気になってそちらに目をやった。
革製のポーチが腰のベルトにぶら下がっている。
誠も新入りとは言え軍の関係者である。そのポーチの中に何が入っているかの察しぐらいはつく。
「拳銃……」
誠は絶句した。
軍の関係者は日常勤務では拳銃は携帯しない。このビルで銃を携行しているのはこの駐車場のゲートの警備員と、この建物の入り口に立っている警備員達ぐらいである。
あえて彼女が拳銃を携帯している理由はと言えば、『同盟司法局』とか言う警察組織に所属している『特殊な部隊』の隊員だからだと誠にも推察できた。
「なんだよ、銃ぐらいでビビッてんのか?うちじゃあこんなもん年中見ることになるぜ……まあ、年中持ち歩いてるのはうちでは一人だけだけどな」
青ざめつつある誠を見下すような口調で少女はそう言った。
誠はどうやらとんでもない現実を目の当たりにしているらしい事実に気が付いた。
「すいませーん。お嬢さんのお名前は何と言いますか?」
とりあえず誠は最低限の敬意と心の準備をしながら少女に尋ねた。
「アタシを知らねー?軍の関係者だろ?教本とかで習わねーのか……最近の東和宇宙軍はなってねーな……」
少女は誠ではなくその攻撃の矛先を『東和宇宙軍』と言う組織に向けるという斜め上の発言をして誠の顔をひきつらせた。
「もしかして……クバルカ・ラン中佐
その言葉は誠も口にはしたくなかった。どう考えても『ガキ』である。それが、『エース』で『人類最強』である事実を認めるほど誠の脳内はお花畑では無かった。
「そーだ!アタシが『汗血馬の乗り手』の異名で知られる『人類最強』のクバルカ・ラン中佐
誠は脳内のすべての神経回路が焼き付く音を聞きながら目の前の信じられないランの発言を受け止める心の準備をしていた。
「本当に君は『クバルカ・ラン中佐』なのかな?……本当に『エース』なのかな?」
そう言うのが精いっぱいだった。もし、誠の感受性が豊かであれば、現実を見つめられずにそのまま家に帰宅して終生外界との音信を途絶するぐらいのショックを受けていても仕方のないような出会いだった。
どこからどう見ても、ただの少し目つきが悪い少女にしか見えない。
10年前の『激しい内戦』の勝敗を左右したほどのエースパイロットだということを認めたとしても、それが8歳の幼女であるということがなぜこんなに世間で騒がれないのか理解できなかった。
その、クバルカ・ラン中佐を『自称』した幼女は腕組みをして誠を見上げる。
ただ、その『風格』は、一応は成人している誠からしても普通の幼女とは一味違う雰囲気を醸し出していた。
「『エース』かどうかはアタシは興味がねーな。ただ強いのは間違いねーよ。間違いなく『人類最強』だ」
ランは自分は間違いなく『人類最強』だと主張した。
「嘘ですよね……ちっちゃいじゃないですか……『人類最強』だったら大きくないと……力とかどうするんですか?」
明らかに大げさすぎるランの表現に誠は本音を口にしていた。
「オメー本当に大学出てんのか?なんでもデカけりゃいいってもんじゃねえだろ?『コンパクト』&『ハイパワー』。これがアタシのキャッチフレーズだ」
自信満々にランはそう言い放った。
別に『軽自動車』の宣伝文句を言ってくれと頼んだわけではないが、その根拠のよくわからない迫力に押されて誠は黙り込んだ。
「証拠が欲しいって言う面だな」
ランはそう言うとスカートのポケットから通信端末を取り出して、誠の目の前に突き付けた。
そこにはランの写真と初めて見る書式の身分証が映し出されていた。
「2650年6月6日生まれ……僕より10歳年上……今年で34歳……」
口ごもる誠にランは満足げにうなづいてみせる。ライトブルーの軍服を着た幼女にしか見えない彼女は腕組みをして誠をにらみつけた。
この態度には誠も見覚えがあった。
いわゆる『説教モード』である。
「まず、強いことには条件にはいくつかある。第一に、命を奪いかねない経験。そして、本当なら死んで当然の経験をしている……この二つを経験しないと『強い』とは言えねーな。ただ、この二つは物理的に強いかだけだ。『人間』が出来てりゃ、赤ちゃんでもOKだ。舐めるなよ、赤ちゃんを」
そう言ってほほ笑むクバルカ・ラン中佐だが、誠には偉そうな8歳女児にしか見えない。
「赤ちゃんが……強いんですか?」
どうやら『説教』には慣れているランに誠はそんな問いをぶつけてみた。
「そうだ、赤ちゃんだってすでにものすごく『強い』。おそらくまともな人間なら、絶対勝てねーな。言うだろ『泣くこと
誠は高校時代の『国語』が大の苦手だったので、そんな『ことわざ』を知らなかった。
結局誠はランの言葉の意味がよくわからなかった。
「生き物の『命』はみんな『強い』んだ。そーでなきゃ生きる意味はねー。違うか?」
ランはそう言うと誠をにらみつける。
その可愛らしい幼女の姿から想像できない鋭い眼光に誠は恐怖を感じた。
小さなランから放たれる圧倒的な『殺気』。誠はその雰囲気にひるんで、思わずしゃがみこんだ。
『……この子……口だけじゃない。雰囲気でわかる。圧倒的に『強い』……」
誠は実家は剣道道場である。
道場主の母を訪ねてきた、名のある『武闘家』にも何人も出会っていた。
彼等の持っている『雰囲気』を知っている誠はでそう確信した。
そして誠は彼女の気配に少しおびえている自分を見つけた。
クバルカ・ラン中佐が『かっこかわいい幼女』であるのは事実としても、その放つ殺気はただモノのそれでは無かった。
殺気を放った幼女の姿におびえる誠に、彼女は優しい笑顔で手を差し伸べた。
「大丈夫か……驚かしてすまねーな。アタシは『平和主義者』なんだ。傷つけることも人が傷つくのも嫌れーだ」
ランは微笑みはどこまでも優しかった。
ちっちゃくて『萌え』で『キュート』な姿かたちと、優しくて知的なランの言葉に誠は魅了されていた。
誠はランの差し伸べた小さな手を握る。暖かくて優しい8歳児の女の子の手だった。
それは決して、『内戦』の行方を左右した『無敵のエース』の手であるとは、誠には思えなかった。
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