第6話 敗戦国の英雄

『誰かが何か企んでるな……ってまあ企んでるだろう。あの嵯峨とかいう人しか思いつく人はいないけど』


 そう独り言を言いながら、誠はただ行きかう人々を眺めていた。


 周りを見回していた誠だが、あることに気づいた。


 ちょうど正面のこの駐車場の一番奥の柱の前に小さな女の子が立っていた。そして、誠がここにきてからこうして周りを見回している間も彼女は誠をじっと見つめていた。


「なんで女の子が?」


 ここは軍の施設である。関係者以外はそもそも駐車場に入るゲートのところで止められるはずだ。


「あれか……ここの職員の子供かなにかか……」


 誠はそう考えを切り替えて小さな女の子から目をそらした。


 誠は別に好きでここに立っているわけではない。


 誠は『女の人』を待っていた。


 彼を迎えの車に乗せて、辞令に書いてある配属先の司法局実働部隊とか言う『特殊な部隊』に連れて行ってくれる迎えの人物を待っていた。


 誠も馬鹿ではないので、その人物が何者なのかは、辞令を渡した禿の大尉に聞いて名前と身分、その人物の略歴ぐらいは知っていた。


 迎えに来るのは『クバルカ・ラン』と言う女性だと聞いた。階級は中佐とだけ人事の担当者から伝えられていた。


 十年前、ここ東和共和国の西に浮かぶ巨大な大陸『遼大陸りょうたいりく』は『戦乱』に包まれていた。


 特に、その南部であった『遼南りょうなん内戦』は壮絶を極めるものだったと誠も知っていた。


 人事の担当者が言うには『クバルカ・ラン中佐』はその『内戦』の敗戦国『遼南共和国軍』のエースだと聞いていた。


 彼女は『紅いあかい』専用アサルト・モジュールに乗って、目覚ましい戦功を立てたと言う。


 その後、彼女はなぜか内戦終了後成立した『遼南民主国』ではなく、ここ『東都共和国』に『亡命』したのだと人事の担当の大尉は言った。


 亡命後、東和共和国陸軍に引き抜かれた彼女は、アサルト・モジュールの教導隊でも、その『強さ』を発揮したという。


 人事の担当者の大尉の禿げ頭が頼んでもいないのに彼女の活躍について熱く語る様に閉口したことを誠は思い出した。


 しかし、『人類最強』と言う名をほしいままにしたクバルカ・ラン中佐は、その担当者をして『変な気を起こして』、三年前に発足した司法局実働部隊のパイロットをまとめる仕事についてしまった。


 それ以上の説明を人事の担当者が拒んだので、誠が彼女について知っていることはそれだけだった。


 『人類最強』と呼ばれるエースがいるのに『特殊な部隊』扱いされている司法局実働部隊と言う存在に誠はあまり期待をしないことにしていた。


「クバルカ・ラン中佐か……」


 誠はあまり期待できない司法局実働部隊のことを考えるよりも、『人類最強』の女性エースのことを考えることに決めた。


 誠はこの時、せめて写真ぐらい見せてもらっても良かったのではないかと後悔した。


 これは誠の得意の妄想力でそのエース女性パイロットを想像して、それらしい人に声を掛けてみるほかはない。そう考え、誠は自分の想像するクバルカ・ラン中佐像を作り上げることにした。


「十年前の戦争でエース……ってことは、当時二十歳前後ってことだから、今は三十歳より上のお姉さんってことか……『人類最強』のエースって言うぐらいだからがっちりとした大柄の人なんだろうな……」


 まあ、ここまでは普通の想像である。だが、誠は人より少し、想像力が豊かだった。


「美人だと良いな……すっごい美人だっからな……もしかして……巨乳だったりする?」


 自分の妄想に取りつかれだらしない顔でニヤニヤしながら誠はぼんやりと低い天井を眺めていた。

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