第8話 詮索無用

「とりあえず車に行くぞ」


 握手が終わると、自分の姿にうっとりとしている誠に向かってランはそう言った。


 誠は自分の胸にも届かない身長の『敗戦国の英雄』と呼ばれた幼女を見つめた。


『小さい……でも、あの目……『遼南内戦』は壮絶だったと聞くから……このかわいい子は……相当人を殺してるんだ……』


 小さなランの背中を見て我に返った誠は、自分の荷物を持ち直して彼女の後を追った。


「オメーは人殺しに向いてねーな。気に入った!」


 ランはよたよた自分の後ろを突いてくる誠に振り向くと満足げ笑ってそう言った。


「へ?」


 一応は誠にも『軍人』になったという自覚はある。しかし、目の前の『かっこかわいいヒロイン』は誠の理解を超えた言葉を口にした。


「司法局実働部隊はオメーみたいな『落ちこぼれ』を必要とする部隊なんだ!」


 意外な一言に誠は『カチン』ときた。


 誠も自分が軍人としては『落ちこぼれ』であることは自覚していた。


 一応、理系のいい大学を出ているのである。誠にもまだプライドが残っていた。


 誠は口をとがらせて、生意気な幼女を慎重さを生かして見下ろした。


「あのー、『司法局実働部隊』で『落ちこぼれ』を集めて何をしたいんですか?」


 さすがに温厚なも馬鹿にされていることに気づいて、ランに嫌味を言うくらいのことはするのである。


 どうせ東和共和国宇宙軍で『特殊な部隊』と呼ばれる奇妙な部隊の『偉いかわいい子』である。


 いくら誠のツボを突く『萌え』でも言っていいことと悪いことがある。


 誠はあくまで『大人』として、ランの偉そうな口調を治すべく誠はランを見下すように見つめた。


 ランは不思議な生き物を見るように目を丸く見開いて誠を見上げた。


 その態度は誠の『大人として生意気な子供をしつける』心に火をつけた。


「それとも……幼女趣味の変態が喜ぶ部隊だから『特殊』なんですか?その人達。僕、そう言う趣味は自覚して無いんで」


 誠の明らかに挑発しているような態度にランは首をひねった。


「うーん。ショタならうちの『運航部』ってところの姉ちゃん達に何人かいるぞ。幼女趣味は……」


 ランは急にとんでもないことを言いながら天井を見回す。


 誠は見下ろした幼女に不意を突かれた反応をされて、呆然と立ちつくした。


 ゆったりとした時が流れる。ホトトギスのSEが流れるくらいのおまぬけな空間。


 ランは気が付いたように誠を見つめ。大きくため息をついた。


「そこはツッコミだろ?笑いの分からねー奴だな……。無能な上に空気を読めなきゃ、組織じゃ出世できねーぞ。組織って奴は厳しーんだよ。うちはアタシの方針で『体育会系・縦社会』だから、生きていけねーぞ」


 ランは誠の前で呆れたというように両手を広げた。


 誠はランの変幻自在な態度に、彼女が見た目よりはかなり『大人』であることを認めなくてはならないような気がしてきた。


「貴女は……確かにクバルカ中佐ですよね?」


 誠はもう一度確かめるようにそう言った。


 ランは呆れたように真面目な顔をして誠を見上げる。


「不思議な生き物を見るような眼だな、神前。そーだって何度言えばわかるんだ?馬鹿か?オメーは」


 誠はもう怒ることはあきらめていた。振り回されるだけだと判断して、深く考えるのをやめた。


「オメーは頭でっかちだから、他人をそれで無意識に傷つけそうだから言っとく!うちでは『過去』は詮索しないルールなんだわ」


 また、彼女は『特殊な部隊』の誠には理解できないルールを提示した。


 誠にはその言葉の意味が分からなかった。


「でも、それじゃあ分かり合えないじゃないですか?仲間でしょ、一応。『特殊な部隊』とは言え」


 そんな誠の常識的言葉にランはかわいらしい頭を横に振る。


「やっぱり、オメーは何もわかってねーな。アタシはクバルカ・ラン中佐。あの長い長い『遼南内戦』でアタシの国、『遼南共和国』が負けたのは、アタシが落ちたからだ」


 誠は過去を語るランの目に引き付けられた。その目は先ほどまでとは違う『鋭さ』を感じさせる色を帯びていた。


「だけどよー、そんな過去でもいーじゃねーか。過去なんか気にすんな。目の前のリアルを信じろ。アタシはクバルカ・ラン中佐だ。そして、こーしてオメーを迎えに来た。それだけは事実なんだ」


「リアル……ですか?」


 誠はランの言葉を繰り返しながら立ち尽くす。見た目に騙されてはならないことだけは誠にも分かった。


 彼女は『萌え』だが、それ以上に『百戦錬磨の老練な古強者』なのだと。


「そーだ。うちは『特殊な部隊』だからな。みんなうちに来た『理由』がある。だからそんな原因を聞かれたくねーんだ。会ったら、察してやれ、そして、それが嘘でも信じてやれ。そんだけだ」


 ランの行く手には黒い高級乗用車があった。


「それじゃあ……どうやって『仲良く』すればいいんですか?」


 誠の問いを無視してランは高級車の運転席のドアに手をかけた。


「それを察することができるかどーか。それがオメーにこれから試されるんだ」


 ランはそう言い残して開いた高級乗用車の運転席に姿を消した。

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