第4話 遅すぎた配属

 7月半ば過ぎ。そもそも大学卒業後、幹部候補教育を経てパイロット養成課程を修了した東和宇宙軍の新人パイロットが、この時期に辞令を持っていることは実は奇妙なことだった。


 前年の3月から始まる大卒全入隊者に行われる幹部候補教育は半年である。その後、志望先に振り分けられ、各コースで教育が行われるわけだが、パイロット志望の場合はその期間は一年である。


 本来ならばその時点、6月に配属になるのだが、そもそも人手不足のパイロットである。教育課程の半年を過ぎたあたりから、見どころのある候補生は各地方部隊に次々と引き抜かれていく。一人、一人と減ってゆき、課程修了時点では全志望者の半数が引き抜きで消えていく。それが普通なら6月の出来事である。


 普通ならそこで残った全員の配属先が決まる。それ以前に東和軍の人事の都合上、その時点ですでに配属先は決まっていて内示などがあるのが普通である。実際、誠の同期も全員が教育課程修了後、各部隊へと散っていった。


 しかし、誠にはどの部隊からも全くお呼びがかからなかった。


 教育課程の修了式で教官から誠が伝えられたのは、『自宅待機』と言う一言であった。


 誠にもその理由が分からないわけではなかった。


 誠は操縦が下手である。下手という次元ではない。ド下手。使えない。役立たず。無能。そんな自覚は誠にもある。


 運動神経、体力。どちらも標準以上。と言うよりも、他のパイロット候補生よりもその二点においては引けを取らないどころか絶対に勝てる自信が誠にもあった。


 しかし、兵器の操縦となるとその『下手』さ加減は前代未聞のものだった。すべてが自動運転機能で操縦した方が、『はるかにまし』と言うひどさ。誠もどう考えても自分がパイロットに向いているとは思えなかった。


 それ以前に誠には生きていくには不都合な癖があった。それは緊張すると胃がしくしく痛むことである。


 最悪『ゲロを吐く』と言う結果が多くあった。


 当然のように小さいころから『乗り物』に酔う傾向が強かった。


 パイロット養成課程に進んだ後にもその症状は悪化を続けた。


 遼州星系では一般的なロボット兵器『アサルト・モジュール』に至っては、最初のうちは見ただけで吐くというありさまだった。


 それなのに、なぜかトラックの運転は得意だった。クレーンも得意。パワーショベルなどの特殊重機の操縦も得意だった。クレーンのワイヤーを結ぶ技術である『玉掛け』の資格もある。指導の教官から『港湾関係の仕事ならすぐできる』と太鼓判を押されたが、『高学歴』な誠のプライドが許さなかった。


 操縦する機体に載っているのが荷物なら何でもないが、人が乗っているとまるで駄目だった。


 後ろに同期のパイロット候補が乗っていると、完全にアウトだった。


 胃がしくしく痛み、運転どころではなくなる。トラックもバスも自家用車も、確実にハンドルを誤ったりして。めちゃくちゃである。自動車の免許は軍の入隊時に取ったが、完全なペーパードライバーである。


 その結果、同期のパイロット候補達は誠を『胃弱君』と呼んで、完全に馬鹿にしていた。


 幼稚園時代からのその『胃弱の呪い』は、見た目はさわやかなスポーツマン風の誠から友達を奪い続けることになった。


 そんな『乗り物に乗ることすら無茶』な誠である。


 東和共和国宇宙軍に入隊して以来、誠は『胃薬』と『乗り物酔い止め』が手放せなくなった。

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