第7話 月曜の昼、カフェで

 月曜の昼に、学食に行ってカフェを覗いた。

 美彌と美和はまだ来ていなかったので、店の奥の方で、静かに話ができそうな席を選んで二人が来るのを待った。

 待っている間、雑念がわき起こったが、とにかく美彌の顔を見ることが第一だと思い直した。

 常二を見つけた美和が、笑顔で手を振った。後ろ手で、美彌の右手をつないで、引っ張るようにして席にやってきた。

 常二の向かいに美和と並んで座った美彌は、長い黒髪が顔を覆ってしまい、表情が窺えない。

「待ってたよ、美彌」と常二が声をかけると、うつむいていた美彌は、顔を上げ、右手で髪を掻き上げて、二重の大きな目で常二を見つめた。常二が瞳を見返すと、美彌の瞳の表面に涙の膜ができた。こぼれそうなところで耐えている。

「ごめんね、心配かけて」ハンカチを取り出して目元をぬぐった。

 美和は横で心配そうに美彌の顔を見まもっている。

「手紙読んだよ。いろいろたいへんだったんだね。でも、これからのことが大事なんじゃないのかな。僕たちの」

「話したくなったらいつでも聞くから。少しずつ美彌のことをわかっていくから」

「今まで通り、楽しくやっていこう。それでいいかな」

 常二はことばを慎重に選びながら、語りかけた。

 美彌の大きな目から涙がこぼれ落ちた。

 ハンカチを当てずに、常二の目をじっと見つめる。

「おこがましいんだけど、僕を信じてほしい」

「さあ、美彌、常二さんもこう言ってるから、泣かないで」美和が横からハンカチを差し出す。

「もう、泣くのは止めて。あとは二人で水入らずで話してね。大丈夫でしょう、美彌」

 美和はそう言って、席を外そうと立ち上がった。常二の顔を見て、

「泣かせたら、大阪湾よ」と真顔で言った。

「ここで言うか」

 美和は笑って、

「よろしくお願いね」と二人に手を振って出て行った。

 うつむいていた美彌は、しばらくして顔を常二に向けた。

「ねえ、本当にいやじゃないの?」

「当たり前だろ」

「僕はずっと美彌が好きだ」

「うふっ」涙をためたまま笑った。

「もう一回言って」

「僕は美彌が好き、ずっと好きでいるよ」

「うれしいわ。大事にしてくれる?」

「ああ」

「ひと言だけ?」

「これ以上、言わせる気?言う方も恥ずかしいわ」

 二人で、カフェオレを飲んだ。少しぬるくなってしまった。

「大阪湾って何?さっき美和が言ってたの」

「それは、ちょっと」

「何?教えて」

「泣かない?」

「ええ。何で?」

「じゃあ言うわ。僕が美彌を泣かすと、大阪湾に沈められるってこと」

 目を見開いて常二を見る。

「誰が沈めるの?」おかしそうに笑う。

「美和が言うには、阪上家なら僕一人ぐらい簡単に消せるそうだって」

「泣いてやる」美彌が突然泣きまねをしだした。

「やめろ!」


 その日は二人でバス道をゆっくり歩いて帰った。電車で北口、夙川、さらに苦楽園まで行き、一緒にホームを出ると、美彌は、「今日はここでいいわ、大丈夫。ありがとう」と言った。「あとで電話する」と言って引き返した。

 電車が来るまで、美彌はホームに残って見送る。発車した電車の窓から、美彌に手を振ると、美彌は飛び上がって大きく手を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る