第8話 美彌の家に呼ばれる

 美彌が発作から回復して二週間ほどが過ぎた頃、常二は美彌の家に行くことになった。

美彌の母が、常二に会いたいと言う。

美彌は少し心配したが、常二は美彌の母に会って、自分たちのことを知っておいてもらうのは悪くないと考えて、打診された日曜日に行くと返答した。

あの日に門の前まではやってきたのだが、 今日は大きな門をくぐって入る。エントランスまでは美術館の建物のような庭の広さだ。玄関には美彌が待っていた。ピンク色のワンピースがよく似合っている。

「来てくれてありがとう」

「立派なお屋敷で、緊張する」

小声で美彌に言うと、常二はちょっとしたロビーのような広さの部屋に通され、十人以上は掛けられそうな長いテーブルに、すすめられるまま着席した。

飲み物を運んでくる美彌の顔が少し固い。

美彌の母は、奥のドアを開けて出てきて、常二にあいさつをした。

「先日は美彌がお世話になり、ありがとうございました」そう言って深く礼をした。

常二は思わず席を立ち上がり、同じく深い礼をした。

美彌の母は、四十歳代とは思えないほど若々しく見えた。美彌と姉妹と言ってもおかしくない。

美彌によく似ている顔立ちだが、常二を落ち着かなくさせるような貫禄が感じられた。

常二は美彌と並んでテーブルに着き、美彌の母は向かい側に座った。

「美彌から話はよく聞いています。いろいろこの子にやさしくしてくださっているそうですね」

「いえ、とんでもありません。僕の方が美彌さんによくしてもらっています」

先日見た若い女性が、ケーキを何種類も運んできた。「お好きなものをどうぞ」と言って出て行った。

ケーキはどれも見たことのない、洒落たデコレーションが施されており、一ついただくと、上品な甘さだった。

美彌はあまり口を開かない。主に美彌の母が常二に問いかけ、常二がそれに答えるというやりとりが続いた。

常二は自分の家のことを聞かれたらどう答えようかと心配したが、さすがにそれは話題に出なかった。

常二はようやく打ち解けてきて、話の途中で三人が笑うこともあった。

しかし、美彌が席を外して美彌の母と二人になると、

「あの子は帰国してから小学校で、いろいろとつらいことがあって、この前のような発作を起こすようになったんです」と切り出した。美彌は父の事業のため、カナダで幼時を過ごし、小学校高学年で帰国した。

「ずいぶんよくなってきているのですが、まだ完全には治りきっていないので、どうかそれを理解しておいてくださいね」

「はい、わかりました」と答えたが、美彌の母は、まだ言い足りないと思ったのか、

「あの子をそっとしておいてくださいね。大事な時期なの」そう言って常二の顔を見た。

常二は、その意味を美彌とは男女の深い関係になるなと言っているのだと解釈した。

「約束してくださるわね」

「わかりました」と答えたあと、常二は、何とも憂鬱な気分になった。

美彌の母のこの言葉が常二には呪いの言葉になった。

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