第7話 不味い珈琲。

こうして店長(仮)としての生活が始まる。

お店の名前は[喫茶Liberteリベルテ]フランス語で自由や平等という意味。

大悟さんらしいネーミングセンスだ。


「おはようございます。」

一昨日までは帰ってきたはずの返事が無い、そのことが彼がいない現実をより一層濃いものにさせる。

今日から僕が彼らを引っ張っていくんだ。よし、頑張ろう。

決意の表れか気持ちの切り替えか両頬を二度叩く。


朝のスタンバイの初めは、静かな店内にクラシックの落ち着いた音楽を響かせる。

昔のテレビのチャンネルのようにスイッチを回して徐々に音量を上げていく、この瞬間がたまらなく好きなのは僕だけだろうか。

その後は掃除だ、年季の入った家具や置物は欠かさず手入れして丁寧に拭き上げてゆく。


その次はコーヒー豆の焙煎だ、焙煎後直ぐ挽いてしまうとどうしてもガスが出てきやすくなってしまうから、僕は焙煎後四日目の豆を使うようにしている。

つまり四日後のための準備だ。


次に生地作りを始める。

カランコロン♪

 「おはようございまーす」

この声は和人だな。

 「あ、まもるさん。今から生地作りですか?完成したら味見しますよ!」

デカイ図体からは予想できないほどの甘党っぷりだ。


 「でもどうしてまもるさんの珈琲は普通以下なのに、スイーツになれば専門店顔負けの美味しさなんでしょうね?」

全く予想していない不意打ち。理解が遅れる。

 「僕の珈琲不味いの?」

なんとなくそんな気はしていたが、ド直球に宣言され心が痛い。

悪意は感じられないが、鋭く研ぎ澄まされた見えないナイフで刺された。そんな感覚。


 「いや、いや。不味いことはないんですよ。俺は本当にまもるさんの珈琲が好きなんですけど、お客さんが『ケーキがこんなに美味しいのに少し勿体ないな』って時々言ってるから。」

更なる追い打ち。悲しい、こんなにも純粋に悲しいのはいつぶりだろうか。

小学校の時に必死で頑張った美術の成績が×バツだった時ぐらいに悲しい、この世には才能という壁があることを初めて知った、あの少年の心と同じような感情。


 「おい、ゴリラ。もう二度と珈琲もケーキも食べさせてやらないからな。」

悲しみは怒りと化し、その矛先は勿論この感情の原因となった者へ。

 「どうしてなんですかあぁぁぁ。」


小さい頃から僕は外で皆と遊ぶのが苦手で、家で一人で過ごしていることが多かった。そんな僕を気に掛けてくれお母さんは、休みの日にはドーナツやケーキ、アップルパイなどスイーツを一緒に作ってくれた。お母さんと一緒にいろんなものを作って食べる時間が幼い頃の僕にとってはなにより楽しいことだったことをふと思い出した。


だから僕はスイーツを作る上でのいろはを自然と身に着けている。そのおかげで当店Liberteのスイーツが特別美味しいと巷で話題になっていることは、とても喜ばしいことなのだが喫茶店なのに珈琲が美味しくないとは……。

こればっかりは美味しくなるように努力するしかないのだが、ショック。

くよくよしていてもしょうがない、気を取り直して生地作りを始めよう…。









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