第6話 始まりの涙。

記憶の旅は終わり、店長が失踪している現在いまへ。

心の落ち着きは取り戻したものの、大悟さん不在のお店はどうすればいいのか分からない。

 「そうだ!スマホだよ! なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう」

ポケットからスマホを取り出し大悟さんに電話をかける。

プルルルルプルルルルプルルルル呼び出し音が三回。出る気配はない。


 「なんかどっかで音聞こえないですか?」

僕も耳を澄ませる。

 「本当だ、バイブレーションしてる音聞こえるね。事務所の方かな」

キッチンを抜け事務所へ。僕たちはそれぞれ個人専用のロッカーを持っていてそれを使用している。

掃除道具入れのような形状の物が5個事務所には置いてあり、大悟さんのは左隅にある。

大悟さんのロッカーから、音が聞こえる。

 「開けますね」


ドッコイショ ハードッコイショドッコイショ ヤーレンソーランソーラン♪

 「あ、大悟さんのスマホだ」

彼はソーラン節を着信音にしている変人、加えて音に合わせて踊り始める習性もある。

 「置いて行ってますね…。」

何をしようにもスマホと一緒という時代にこれを置いてどこに行こうというのだ。

彼が行きそうな場所は皆目見当もつかず、住んでいる家も知らない。万事休す。

連絡を待とうにもスマホを置いて行っているのなら、その手段も無いのでは?


 「と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛!」

隣にいたゴリラが突然DEATHNOTEの真似をやり始める。

今の状況では全く笑えない。無視しよう。

つまらないボケのおかげで冷静になり、これからのお店のことを想う。

 「お客さんと楽しく会話をする自信は僕には少しも無い、大悟さんみたいに笑えないし、面白い話もできない、目を見て会話もできない、僕には全部できないよ。」

椅子に倒れこむように座り頭を抱え込み、唸る。

 「僕がこの店を終わらしてしまうことになるかもしれない…。」

大悟さんの大切なこの場所をなくしたくない。でもわかんないよ。できないよ。


 「できなくていいじゃないですか。」

 「できなくちゃダメなんだよ。僕が守るんだ、この場所を。」

和人についキツイ言い方をしてしまう。

 「俺好きですよ、まもるさんの淹れた珈琲。」

なんで今関係ないことを言うんだよ。

 「苦いから珈琲は苦手だけど、俺でも飲めるように豆から選んで工夫して煎ってくれるまもるさんの珈琲が好きですよ。」

だからなんなんだよ…。

 「俺は今のあなたが好きですよ。

  確かに接客は苦手かもしれない、

  大悟さんみたいにはなれないかもしれない。

  全部が上手くはいかないかもしれない。」

…。

 「でも誰よりも優しいコーヒーを淹れてくれる。

  まもるさんだからできることです。」


過去の僕は恐れていた、人を頼り裏切られることを。誰も信用しない方が楽だった、もう傷つきたくなかった。他人に触れたく無かった、触れてほしくなかった。

そんな暗々たる心の中に一筋の光が差す。

今は頼れる人がいる、頼ってくれる人がいる。

嬉しかった。僕を受け止めてくれることが、認めてくれることが。

大切にしたいと思う人に出会えている、今の現状がどれほど幸せだろうか。


 「泣いてます?」

僕は無意識に泣いていた、でも照れくささから素直になれない。

 「泣いてない。花粉症だ。」

無理やりな口実を作るが、誰よりも真っすぐなこの男は信じるだろう。


 「めちゃくちゃ頼ることになるかもしれないよ」

 「いいですよ。」

 「カッコ悪いとこも見せるかもしれない」

 「いいですよ。」

 「迷惑もたくさんかけることになると思う。」

 「上等です。」



 「……、ありがとう。」



溢れでる大粒の涙はもう隠しきれない。

 「そんなに花粉飛んでますかね?俺ティッシュ持ってきますよ。」

和人はホールへと走り出してゆく。

 「ちょっと頑張ってみますね。でも早く帰ってきてくださいよ、店長は大悟さんなんですから。」

スマホだけが取り残されたロッカーに話しかける。

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