第75話「仲間が増える……かもしれない」

 紗世さん、若佐木さんと三人で夕飯を食べて、家に帰る。

 ふたりとも何事もなかったように配信しているのを見て、まずはひと安心した。


 ゲームして寝ようかと思ったところで、猫島さんから2期生のグループチャットに連絡が届く。


猫島[3期生の面接がはじまります。現状みなさんの出番はないのですが、情報を共有しておきますね]


 いつのまにか面接に入っていたらしい。


モルモ[じゃあわたしたちに後輩ができるんですね!]

ラビ[わたしたちがデビューして数か月……あっというまでしたね]


 モルモだけじゃなくて配信を終えたラビも話に入る。

 俺もラビに同感だ。


 バートとしてデビューしてから時間の流れが一気に早くなったように思う。


[いつ頃デビューするんですか?]

猫島[予定では夏休みに入るくらいですね。そのほうがアクセス数も増えやすくていいだろうという判断です]


 俺の質問に猫島さんは答えてくれた。

 夏休みか……ちょうどいいのかな?


モルモ[いいですね。夏休みなら人は増えるでしょうし、打ち合わせもしやすいかも]

ラビ[わたしはまだしもモルモさんとバードくんは、平日は厳しいですしね]


 なんて女性陣もうなずいている。

 

猫島[採用者とは顔合わせをいう考えがあります]

モルモ[早めにコラボをおこなって、箱としての力を強化したいのですか?]

猫島「ええ。モルモさんの推測通りです]


 モルモはすごいなぁと感心した。

 

猫島[うちはバードさんのおかげで勢いが出てきましたが、まだ中堅以下弱小よりですからね]


 猫島さんが苦笑している姿が脳裏に浮かぶ。

 大手はどこも10人以上いて、人気配信者を何人も抱えているからな。


[ペガサスはそもそも頭数で負けてますしね]

猫島[配信者を推していく力がないのに人を増やしても、いい結果は出ないというのが社長の考えですからね]


 社長の考えって初めて聞いた気がする。


ラビ[もっともなお考えだと思います]

モルモ[企業勢としてデビューすればファンがつきやすい時代は、とっくに終わってますからね]


 ふたりが言う通りいまは完全に戦国時代になっている、らしい。


 業界内の事情にくわしくない俺にもわかりやすいように、こうして話してくれているんだろうか?

 

猫島[そんな社長のことですから大手に追いつけ追い越せという方針にはしないでしょうけど、ただ上を目指す可能性はあります]


モルモ[わたしたちのためにも、スタッフの給料のためにも当然ですよね]


 モルモの返事がおとなだなって思う。

 そうだよな、俺たちはもちろんだけど猫島さんたちだって生活あるもんな。


 夢ときれいごとだけじゃ人間は生きていけないんだ。

 

猫島[おかげさまで来年はお給料アップが期待できますけど]

モルモ[さすがバードですよね!]

ラビ[素敵です]


 猫島さんのメッセージにモルモとラビが続く。


 同期たちはもともとこんな感じなんだけど、文章で見るとなんか作為的にも感じられちゃうな。


 文字からは感情が読み取りにくいからだろうか。


[こ、これからも頑張ります]


 別にプレッシャーをかけられたとは思わないけど、責任は感じる。

 俺だってペガサスの一員なんだし。


猫島[気負わせてしまったみたいでごめんなさい。感謝の気持ちを伝えたつもりでした]


 おっと、猫島さんに謝られてしまった。


[いえ、こちらこそ……これからもがんばるって言ったつもりでした]


 だから謝られるようなことじゃないんだよな。


モルモ[お互い悪くないやつじゃないですか?]

ラビ[チャットだとかみ合わないときがあるのが困りますね]


 なんて見守っているふたりに言われてしまう。


 たしかに、対面で話しているときと比べれば、コミュニケーションがちょっと難しいかもしれない。


 勘違いはすぐに訂正できるので、「ちょっと」ですむけど。

 

[この業界の大手ってラチカさんがいるピスケス、この間俺がコラボしたアポロ、あとはシルフィードでいいのかな?」


 空気をなんとかしたくて、話題を露骨に変えてみる。


モルモ[だいたいそんな感じかな]


 よかった、合ってたようだ。

 

猫島[彩雲はその三社よりも規模は小さいですが、何と言っても白天アリスさんが所属してますので、準大手か大手として扱われますね]


 と思いきや猫島さんから追加情報が出た。


 【御三家】白天アリスさんの存在は業界関係者としては無視できない、らしい。

 まあデビュー前の俺でも知っていたVチューバーのひとりだしな。


ラビ[あの人すごいですよね。あこがれちゃいます]

モルモ[いつかあいさつできたらいいよね]


 ラビもモルモも反応したので、しばらくアリスさんの話題で盛り上がる。

 ふたりともアリスさんのことが好きなんだなぁ。


 アリスさんほど女性の支持が熱い女性Vチューバーはすくないらしいけど。


猫島[このまま順調に行けばですけど、年末のVフェスに声がかかることだってあるかもですよ]


[Vフェスってなんですか?]


 知らない言葉が出たので聞いてみる。


モルモ[あー、バードは知らないのね]

ラビ[簡単に言えばいろいろなVチューバーが集まる、大規模な祭典です]


 そんなフェスがあるのか。


猫島[事務所の力とはあんまり関係ないですからね。みなさんにもチャンスがないとは言えないでしょう]


 猫島さんが言う。

 事務所の力がモノをいうなら、現状ペガサスは厳しいんだろうな。


 そう思わざるをえないような文面だった。

 どういう基準でフェスに参加するんだろうか?


 と思ったけど、誰も口にしようとはしない。


 常識レベルだからさすがに俺でも知っていると判断なのか、それともそのときが来ればわかるって意味?


猫島[業務連絡は以上です。何か質問はありますか?]


 猫島さんのメッセージに真っ先にモルモが反応する。


モルモ[採用予定メンバーとか聞いても大丈夫ですか?]

[さすがにまずいんじゃないか?]


 俺は反射的にツッコミを入れていた。

 いくら所属配信者と言っても教えても大丈夫だろうか。


猫島[かまいませんよ。個人情報は教えられませんけど]


 とメッセージを送った猫島さんは、画面の向こうで苦笑してそうだなと思った。

 根拠はとくにないけど。


猫島[予定は三人でできれば男性をひとり取りたいところですね。バードさんは男性とのコラボを増やしてもらいたいですし]


[それは助かります]


 俺は反射的にメッセージを打つ。

 女性しかいないというのは正直やりにくいところもある。


 みんないい人たちばかりだから、何とかやっていけているんだが。


モルモ[あら、バードのハーレム終わりなんですね。残念?]

 

 なんてモルモはからかってくる。


[べつに俺のハーレムなんかじゃないだろ]


 たしかに男は俺ひとりって現状だけど、みんな俺のために存在しているわけじゃない。


 そう伝えると、


モルモ[まじめだよね、バード]

ラビ[いかにもバードくんらしいですね]


 なぜかふたりともうれしそうな反応だ。

 ……からかうのが上手くいったから?


猫島[最終選考に残った人たちはみなさんと方向性が違うので、コラボしたときの化学反応が楽しみですね]


 俺たちのやりとりをスルーするように猫島さんは話す。

 まあ、ハーレムがどうとか、彼女にはどうでもいいだろうな。

 

[後輩の男性とコラボしたいです。いっしょにゲームできたらいいなあ]


 男同士だからできるコラボってあるかもしれない。

 アポロライブとのコラボをして何となくそう感じたのだ。

 

モルモ[誰が採用されるのか、まだ決まってないよ]


 モルモに笑われてしまった。

 まったくもってそのとおりである。


猫島[そもそも三人とれたらいいなって話ですからね]

ラビ[あくまでも最大で三人、男性もありということですね]

猫島[ええ、そうなります]


 あー、なるほど、そういうことかぁ。


[最終選考の面接をこれからするんでしたね]


 どうなるか全然わかんないってことか。


猫島[はい]

ラビ[猫島さんも参加されるのですか?]

猫島[ええ、社長と部長とわたし、月音の四人で面接はおこないます]


 猫島さんの回答にびっくりする。


[採用試験ってそんな感じなんですね]


 俺の場合、社長と猫島さんのふたりしか会った記憶がない。


猫島[バードさんはスカウトですからね。今回はスカウト組はいません]

モルモ[個人の配信者をスカウトするって手もあると思うんですが……]


 モルモの意見もわかる。


 個人勢として活動している人なら、機材の使い方、配信のやり方を教える必要がない。


 やっちゃいけないこともある程度理解しているだろうから、リテラシーの面でも安全度が高めだ。


猫島[社長の考えている方向性とズレるからでしょうね。バードさんは会ってみて大丈夫そうだったから、採用だったんです]


 やっべ、そうだったのか。

 猫島さんのメッセージを見て、いまさらあせる。


 てっきりボア先輩の紹介だったからよかったと楽観してた。


ラビ[そうなのですね]

モルモ[たしかにうちの社長、こだわりはありそうですね~]


 こだわらないなら、もっと人をとって事務所を大きくしているってことかな?

 

[そのおかげで俺は拾ってもらえたなら、むしろ感謝しかないですね]

 

 ペガサスに拾ってもらっていなかったら、いまごろまったく違う人生を歩みはじめていたかもしれない。


 誰が見てるかわかんない配信を細々と続けるか、あきらめてバイトを必死にやっていたか。


 どちらかだったんだろうなとぼんやりと考える。


モルモ[それはみんなに言えそうよね]

ラビ[たしかに。社長が変われば何もかも変わりますからね]


 ふたりの賛成と共感がうれしい。


 もっともラビのほうは、何らかの実感がこもってそうだったけど、リアルの属性を考えればべつにふしぎじゃない。


 実は親に言われて社長をやっていたことがある、なんて言い出しても変じゃないくらいのお嬢様だ。


猫島[七月と言えば学生は定期考査があると思いますが、平気ですか?]

モルモ[平気です]

[うぐ……]


 前回は何とか乗り越えられたけど、あいかわらず油断はできないと思う。

 余裕の即答をしているモルモがうらやましい。


モルモ[あら、また合宿したほうがいいかしら?]

ラビ[前回は楽しかったですしね。バードくんには悪いですけど]

[……お世話になります]


 迷ったのは一瞬だ。

 親には放置され気味だとは言え、成績が悪すぎるのはよくない。

 

 優秀な教師たちがいるんだから、言葉に甘えよう。


ラビ[なら前回と同じように泊まりでやりませんか?]

 

 ラビさんが急に個別でメッセージを送ってくる。


[今回はゴールデンウィークじゃないですよ]

ラビ[金曜日、土曜日と二泊できますよ]


 当然と言わんばかりのメッセージに俺は困惑した。


 若佐木さんが言うには俺以外を家に呼んだことないみたいだし、それだけ信頼されているのだろう。


[桂花と三人でやりましょう]

ラビ[はい]


 一瞬だけ遅れたのは気のせいかな?

 紗世さんみたいなきれいなお姉さんとふたりきりなんて、俺の理性がやばい。


 厳密には美人のメイドさんたちもいるけど。

 桂花に送ると「わたし行っていいの?」なんて聞かれた。


 げせぬ。

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