第74話「オタクに優しいお嬢様たち」
「晩ご飯はどうしますか?」
二度目の休憩時間のとき、紗世さんに聞かれる。
「とくに考えてなかったです」
帰ったらカップ麺くらいあるだろうとは思っていたけど、それくらいだ。
「ならごいっしょしませんか?」
「いいですけど……時間はあんまりないのでは?」
スマホの時計をちらっと見れば午後五時を回っている。
いまから用意してほしいって言っても、作る人は困るんじゃないだろうか?
それに配信時間を考えれば、十九時半には食べ終わっておきたいのでは?
いや、それは俺の話か。
適当にやって何とかしのいでいるならともかく、しっかり準備をおこなう人ならもっと時間がほしいんじゃないだろうか?
「大丈夫です。人数分の調整をするだけの料理を、事前に指示してありますから」
と紗世さんが微笑む。
「急な来客にも対応するための癖がこの子も家の人もついてるので、心配はいらないですよ、かけるさん」
と若佐木さんが援護するように隣から言う。
「そうなんですか」
視線を泳がすと、離れた位置で待機しているメイドのお姉さんたちの姿が映る。
会話の音量からして聞こえているだろうに、彼女たちは平然としていた。
「みんなが平気だと言うなら、ごちそうになります」
そこで俺は甘えることにする。
拒否して帰るのも気まずくなりそうだし。
ひとりで食べるより、このふたりと食べたほうがご飯もきっと美味しいだろう。
「よかった……!」
「かけるさんも参加してくださるほうが、絶対にいいものね」
お互いの手を重ねて上品にはしゃぐふたりを見ていると、断らなくてよかったなんて思えてくる。
まさかここまで喜ばれるなんて思わなかったぞ。
「じゃあお願いね」
と紗世さんが離れた位置にひかえているメイドさんたちに声をかける。
メイドさんたちのうちふたりが一礼して部屋から出ていく。
あの人たちが今夜の料理当番だったのだろう。
「なんだか悪い気がしますね」
という。
人の家に来て遊んでいて、料理をやってもらうからだ。
「人の仕事をとってはダメですよ」
クスクスと紗世さんが笑う。
「紗世は仕事を与える立場の人間ですから」
若佐木さんも優しく言った。
「そうなんですよね」
やっぱりこの人たちはお嬢様たちなんだろうなって思ってしまう。
仕事を出す、仕事をする、はささやかなようでいて大きな違いだ。
「ご飯ができるまで、ゲームをまたしますか?」
と紗世さんに聞かれる。
「うーん」
俺は即答できなかった。
ゲームをやるのは楽しいし、共通の話題を探さなくてもいいので、かなり助かる。
でも、そのままでもいいのかとすこし思ったのだ。
ゲームだけやり続けるのは、おそらく俺にふたりが合わせてくれているってことだろうから。
「どうかしましたか?」
紗世さんだけじゃなくて、若佐木さんにもふしぎそうな顔をされる。
「いや、ゲームばかりやっていてもいいのかなって思ってしまって」
ちょっと悩んだけど、正直に打ち明けることにした。
「今日はゲームをしようと思って集まったのですけど」
と若佐木さんはふしぎそうなまま答える。
「わたしたちへの気遣いでしょうか?」
紗世さんはピンときたらしく、にこりとした。
ばれたかというひやっとした感情と、どこかほっとした感情が同時にやってくる。
「ええ。おふたりは楽しくしゃべるほうがいいのかなって」
と俺は話す。
ふたりの会話を聞いているだけで楽しいんだが、入ることは難しい。
ふたりとも優しいお姉さんだから入れない俺に遠慮しているんじゃないか、という疑問がある。
桂花はこの辺のさじ加減が上手いように思うけど、知り合ったばかりの若佐木さんに同じことを求めるのは酷だろう。
そもそも俺が上手く会話に入れたら何の問題もないんだから。
「平気ですよ。かけるくんと遊ぶのは楽しいですから」
「そうですよ」
ふたりのお姉さんに天使のようなスマイルで肯定されてしまった。
こうなると俺は弱い。
俺と遊ぶのが楽しいはずがないって否定するわけにもいかないし。
「ありがとうございます。俺も楽しいですよ」
気まずくなりそうな空気をなんとかしたくて、お礼を言ってみる。
「ふふふ」
なぜかふたり同時に笑われてしまう。
バカにされたわけじゃないだろう。
何か好ましいものを見るような目で見られている。
肯定されているなら、深くは考えなくてもいいか。
「あ、そうだ。かけるさんの連絡先を教えてもらってもいいですか?」
と若佐木さんに言われる。
「連絡先なら一応知ってますけど」
コラボをした関係で、お互いリスコードのIDを把握済みだ。
そこでチャットも通話もできるので困らないはずだった。
「そちらではなく、プライベート用の連絡先ですね」
若佐木さんはすこし恥ずかしそうな顔になる。
「あっ、はい」
俺にとってとくに意味があるとは思えなかったけど、彼女にとっては違うらしい。
ならそっちを尊重したほうがいいだろう。
別の連絡アプリを起動させて交換し合う。
「本名でやっているんですね」
「ええ、かけるさんもですね」
なんて他愛もないやりとり。
若佐木さんが追加されたけど、見事に仕事関係者ばかりだった。
紗世さんと桂花のふたりについては友達枠でいいのかな?
友達と思われてなかったらこわいなって考えてしまうので、そこで思考は停止している。
「男性の友達は初めてです」
若佐木さんが照れくさそうな表情で言う。
白い頬が若干赤くなっていて、こっちもすこしどきっとする。
若佐木さんは紗世さんとはタイプが違うけど、美人度で言えばまったく遜色がない。
顔面偏差値つよつよ女子がふたりもいるっていうのは、ある意味異様な空間じゃないだろうか?
……意識しすぎると緊張してしまうから、ほかのことを考えたい。
ゲームの話が定番なんだが、若佐木さんしかついてこれないのはまずい。
共通の話題、それも女性複数ってなるとハードルが急上昇してしまう。
「かけるさんって趣味はゲームなんですか? ほかに何かお持ちとか?」
と若佐木さんに聞かれる。
いきなりどうしたのだろう? と思ったのは一瞬だった。
話題に悩んでる俺への助け舟だとすぐに気づく。
「漫画やアニメは見るんですけど、趣味って言えるかどうかわかんないですね」
たしなむ程度って言えるだろう。
人気作ならわかるし話題についていけるけど、ガチ勢が何を言っているのかさっぱりといった感じ。
「あら、わたしもときどきですが見ますよ。鬼退治するものとか、スパイものとか」
「どっちも話題作ですね」
若佐木さんがあげたのは、アニメ見る人なら知らないほうがおかしいってレベルの人気作だった。
「配信ではあんまりふれてない気がしましたが……俺が追えてないだけですか?」
どうだったかなと首をかしげる。
「ああ、話題で出たら乗るくらいですね。アニメや漫画は他の子の持ちネタなので」
と若佐木さんが答えをくれた。
「ああ、ピスケス同士での調整なんですね」
ただでさえ競争が激化している業界なんだから、同じ事務所内で潰しあうような展開は避けるか。
「ええ」
若佐木さんはうなずいてから小首をかしげる。
「かけるさんはピスケスの配信にあまり詳しくないのですか?」
ずばり言われてしまった。
もともと隠し通せるとは思っていなかったので、素直に認める。
「はい。ラチカさんにラチカさんとよくコラボしている人ならわかるくらいです」
レミリアさんとか、そのへんだな。
「そうなのですね」
なぜか若佐木さんの機嫌がよくなった。
「かけるくんはペガサスとピスケス以外はあまり詳しくはないのでは?」
と紗世さんに質問をされる。
「御三家はさすがにわかりますが……」
ほかは多少は知っているかもくらい?
「そうだったのですね。よく配信者になろうと思いましたね」
と若佐木さんに言われる。
俺みたいなタイプが配信者になるってやっぱり珍しいのかな?
「お金が欲しかったので……最初は個人でやってたんですけど、ダメそうだからバイトをがんばったほうがいいなって考えてたころ、ペガサスからスカウトされたんです」
若佐木さんに話す分にはかまわないと思うので、正直に打ち明ける。
「そういう事情だったのですね」
と彼女はうなずいた。
あれ、配信で言わなかったっけ?
と思ったけど、バードじゃなくてかけるとしての回答が欲しかったんだろうか?
「ええ、ボア先輩のおかげですね」
ゲーム友達からスカウトされて企業の配信者になるだなんて、まったく夢にも思っていなかったので。
「……ボアさんとは仲がいいのですか?」
「いえ、たまに勘違いされますけど、そこまでじゃないと思いますよ」
似たような質問をされた経験がほかにもあるので、若佐木さんの質問に思わず苦笑がこぼれる。
「連絡をとりあう頻度で言えば紗世さんやモルモのほうが上ですし」
ボア先輩とのやりとりって基本ゲームするときくらいだから。
やりとりが日常で、何度も会っている紗世さんと桂花のほうが親密度では上になるはずだ。
「あら、そうですか?」
若佐木さんは目を丸くしてちらりと紗世さんを見る。
「ボア先輩とかけるくんの交流がどれくらいなのかまではわかりませんけど」
紗世さんも苦笑した。
「ですよね、ごめんなさい。立ち入ったことを聞いてしまって」
「いえいえ」
別に誰と誰が仲いいのかって話題は、ありふれているだろう。
紗世さんだって桂花だって話のタネにしている。
「まあ俺はぼっちなので、ふたりから話を聞いているだけですけど」
というと、
「ぼっち? かけるくんがですか?」
紗世さんが聞き返す。
表情は気のせいか真顔になっているような?
「わたしたちはもうお友達だと思いますけど?」
若佐木さんが言ってきたのが答えか。
「友達でいいんですか?」
「いいのです」
ふたりのお姉さんは同時に言い放つ。
シンクロするなんて仲がいいんだな、この人たち。
それにぼっちなオタクにも優しい。
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