第73話「友達と遊ぶ楽しさ」

「若佐木さんも紗世さんの家に来たことはあるんですよね?」


 と紗世さんの家にあがりながらそばの若佐木さんに聞く。


「ええ、初めて来たのはたしか中等部に上がってからです」


 彼女は慣れた様子で答える。


 普通、人の家にあがったら靴をそろえると思うのだが、紗世さんの使用人である女性がやってくれるようだ。


 リビングに腰を下ろすと使用人の女性がお茶を淹れてくれる。

 またこの男かって視線を感じるのは気のせいだといいなぁ……。

 

 紗世さんから連絡があったのか、すでに家庭用ゲームの準備がされていた。


「何をする予定ですか?」


 と紗世さんに聞く。


「カーレースゲームはどうかなって思うんですけど」


 と彼女は答える。


「ああ、そう言えばお好きですもんね」


 正確には「雪眠ラチカ」さんが、だけど。


「えへへ」


 と若佐木さんが可愛らしく笑う。

 年上のきれいなお姉さんなのに、こういう表情はどこか子供っぽい。


「わたしの趣味だけじゃ申し訳ないので、かけるさんのお好きなものもどうぞ」


 と若佐木さんは言ってくる。


「うーん……きらいなゲームって特にないですしね」


 それに三人の中だとおそらく俺が一番上手だろう。

 俺が得意なゲームの名前を出しにくい。


 ボア先輩相手だったら遠慮しないけど、この二人だとなぁ。

 だけど、それだとお姉さんたちは納得してくれない気がする。


「みんなで遊ぶパーティーゲームはあまりやったことないので、やれるとうれしいですけど」


 と希望を言ってみた。


「あれって配信用の設定じゃないのですね!」


 若佐木さんが目を丸くして口を右手で隠す。

 かなり驚かれたらしい。


「ぼっちなのは事実で、設定じゃないですよ」


 そんな解釈があるとは思わなかったので苦笑してしまう。

 いまだにリアルの友人はゼロのままだ。

 

「同期の紗世さん、モルモ、あとはボア先輩はもしかしたら友人と言えるのかもしれないですが」


 あくまでも配信者仲間であって、友達じゃないって言われる可能性も否定はできない。


「わたしたちはお友達ですよ」


 紗世さんは苦笑半分、微笑半分という表情で言い切る。


「お友達じゃないと紗世はこの家に呼ばないものね」


 と若佐木さんがうんうんとうなずいて言った。


「あ、なるほど……」


 とくに若い女性が男を家にあげてるんだしな。

 かなり信用されてないとありえない展開か。


「鈍感でごめんなさい」


 これは俺が悪いと反省し、紗世さんに詫びる。


「いえ、大丈夫ですよ。かけるくんは紳士的で慎重だから、いっしょにいて安心できます」


 天使のような笑顔で答えが返ってきた。


「だよね。紗世を見ていてわかるもの」


 と若佐木さんが言ってじーっと紗世さんを見る。


「いいなぁ」


「紹介したでしょう」


 何やら小声でやり取りされているが、聞こえなかったことにしよう。

 踏み込まないほうがいいと俺の本能が警告を発している、ように思う。


 紗世さんが俺の左、若佐木さんが俺の右に座ってゲームがはじまった。


 三人でカーレースをやってみて、俺が一位、若佐木さんが二位、紗世さんは五位に終わる。


「やっぱりお二人とも上手ですねー」


 と紗世さんが感嘆した。


「紗世さんって下手じゃないですよね。もしかして若佐木さんと遊んでたりしたんですか?」


 気になったので質問する。


「ええ。彼女といっしょにゲームする人間があまりいなくて」


 紗世さんが微笑で言うと、


「お嬢様学校だもんね。入るところ間違えたかしら」


 若佐木さんがぼやく。

 冗談ですませるには本気のトーンが多く感じられる。


 笑っていいのか判断できなかったので、沈黙を守ろう。


「次は他のゲームをしませんか?」


 と紗世さんが提案してこっちをちらりと見る。


「いいですよ。三人で協力プレイで遊べるやつもいいですね」


 全員が味方のほうが紗世さんはやりやすいだろうと考えてだ。

 

「ありがとうございます」


 狙いは読まれたらしく、紗世さんに笑顔でお礼を言われる。


「優しいですよね、かけるさん」


 若佐木さんは声をはずませた。

 そうなのか? と首をかしげるけど、否定するのもなんか違うな。


「もしかして照れてますか?」


 と思ってたら若佐木さんが若干距離を詰めてくる。

 香水だろうか、バニラのような甘い香りが鼻に届く。


「ええ、まあ……」

 

 カッコつけても無駄だろうと思って認めた。

 きれいなお姉さんたちに褒められるのは慣れていないので照れてしまう。


 ……慣れても照れそうだな。


「かわいい♡」


 語尾にハートマークでもついてそうな甘い声を出される。


 ラチカさんの声でやるのは反則だ──中の人が同じなんだから、声が同じなのは当然なんだけど。


「しずり?」


 紗世さんが珍しく感情を押し殺したような声を放つ。


「あら、はしたなかったかな」


 若佐木さんはちょっと赤くなって俺から体を離す。

 甘い香りだけが残っているけど、精神的にはだいぶ落ち着く。


 恥ずかしかったが、ちょっと残念ではあった。

 もちろん言えないけど。


「こほん。ではこういうゲームはいかがですか?」


 と紗世さんがひとつのソフトを持ってくる。

 マイナーだけどプレイヤー全員で協力しあっていくものらしい。


「やったことなくてもよければ」


 と俺は答える。


「わたしは紗世と二人でプレイしたことありますよ」


 と若佐木さんが言う。

 

「なら、お二人に教わりながら、ですね」


 たまにはそういうのもいいだろうと俺は受け入れる。


 俺が活躍してばかりというのも不均衡というか、フォローしてもらう側になるのもいい。


 俺にフォローされることが多いと紗世さんはおそらく気にしているはずだ。

 ラチカさんこと若佐木さんはどうなのかわかんないけど。


「わかりました」


 紗世さんは何かを察したような表情になる。

 わかりやすかったかな?


「バードさんのこういうところ、とても素敵ですね」


 と若佐木さんが感心してくれる。

 ……わかりやすかったのか。

 

 慣れないことをやったせいかな。

 まあ好意的に受け入れられているみたいだから、よしということにしておこう。


「このゲームはまずクリーチャータイプを選ぶんです。攻撃タイプと補助タイプですね」


 と若佐木さんが解説してくれる。


「攻撃タイプは俺がやったほうがいいですか?」


 ふだんならそうなるけど、ゲームによって求められる立ち回りは違ってくるだろう。


「ええっと、たぶんわたしが攻撃タイプで、紗世とかけるさんが補助タイプにするほうが、うまく回るかなと」


 若佐木さんがすこし考えたのち、遠慮がちに提案してくる。


「なるほど、じゃあそうします」


 と俺は彼女の意見を取り入れた。

 せっかくみんなで遊ぶんだから楽しいのが一番だ。


 あと活躍できないと悔しいって気持ちもある。

 

「足を引っ張らないといいんですが」

 

 というと、


「かけるくんなら慣れれば平気でしょう」


 冗談と解釈したらしい紗世さんがくすくす笑う。


「かけるさんならすぐ慣れると思いますよ。難しいルールがあるわけじゃないですから」


 と若佐木さんにも言われる。 


「なるほど、とりあえず実際にゲームをやってみてからですね」

 

 信頼されているのはとてもうれしいんだけど、経験してみないことにはわかんない。


 そして。


「すごい。今日が初めてなんですよね!?」


「そうですよ?」


 興奮する若佐木さんに肯定を返す。


「もうさすがというしかないですね」


 と言ったのは紗世さんだった。

 

「いや、言われた通り難しくなくて、覚えやすいゲームだったので」


 と俺は答える。

 三回めで若佐木さんに負けないくらいのプレイをした結果だ。


「あっという間だったものね」


 と若佐木さんと紗世さんがふたりで話をしている。

 

 俺のフォローをしたかったのなら悪いことをしちゃったかな……なんて思ったけど、彼女たちが盛り上がっているので一瞬で消えてしまった。


 そのあと何回か遊んだあと、休憩をはさむことになった。


「やっぱりゲームをみんなでやると楽しいですね!」


 若佐木さんは心から楽しそうに話す。

 本当にゲームが好きで、ラチカさんの中の人だとよくわかる。


「本当ですね」


 俺だって同感だ。

 ひとりで遊ぶのも好きだし、オンライン上で対戦するのもいい。


 けれど、こうして顔を合わせている人と遊ぶのもまた違った楽しさがある。


「これが友達と遊ぶ楽しさってやつなのかなぁ」


 とぽつりとこぼす。

 いままでずっとぼっちだったので、この楽しさを知らなかったのだ。


 ちょっとした感動ですらある。

 紗世さんと桂花と三人でお泊まりしたのは、勉強会合宿だったし。


「ふふふ」


 と紗世さんがうれしそうに笑う。

 

「どうしたんですか?」


 ふしぎに思って聞いてみる。


「いえ、かけるくんが楽しそうなので、わたしも満足です」


「……わかりますか」


 表情をきれいなお姉さんに観察されていたみたいで、なんだか気恥ずかしい。


「わかります。わたしにも伝わってきてますよ」


 反対から若佐木さんにまで言われてしまう。

 

「そ、そうですか」


 行き場のない照れが生まれて、意味もなく姿勢を正す。

 思ったけど左右を女性に挟まれてるって、けっこう難しい状況かもしれない。


 休憩時間となったので、淹れてもらったお茶を飲みながらふと思いいたる。

 だけど、いまさら移動は無理だろう。


 そもそもどこに行けばいいのか。

 ……タイミングを見計らって桂花にそっとメッセージを送ってみる。


[きれいなお姉さんにサンドイッチにされてよかったね]


 明らかにからかっている返事が来た。

 短い時間だから事情を全部話せなかったせいか?


 いや、桂花は事態が深刻じゃないときは、こうやってからかってくる性格だよな。


「どうかしましたか?」


 思わず吹きそうになったからか、紗世さんに気取られてしまった。


「いえ、桂花に軽く現状を伝えたら、きれいなお姉さんたちと遊べてよかったねって言われまして」


 と情報を共有する。


「桂花さんらしいですね」


 と笑ったのは紗世さんだ。


「あら仲良しなんですね」


 と意味ありげな微笑を若佐木さんは浮かべる。


 ふたりを前に桂花と連絡をとったのはまずかったかなと一瞬思ったけど、ふたりとも気にしてないようでよかった。

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