第71話「オフで知り合うなんてまずありえない」

「結局ラチカさん大きなおとがめはなしか」


 一部騒いだ人もいたらしいが、大半が苦笑ですませてしまったらしい。

 やっぱりラチカさん、炎上しにくいVチューバーのようだ。


[本当にいいんですか? 警戒する動きがあったと思うんですけど]


 と俺はメッセージで猫島さんに聞いたのだが、


[ラチカさんはなぜ炎上しないのか、わからない部分が大きくて慎重になってたのですが、おそらく大丈夫だろうという結論に達しました]


 理由がわからないから慎重になってたけど、配信中にあの発言でも炎上しないならら平気って判断になったのか。


[おそらく一対一でオフコラボでもやらないかぎり、心配はいらないとピスケスは考えてるみたいです]


 それはそれで極端な話だな。

 初対面の女性と一対一でオフコラボなんて、俺にできる可能性はない。


 ボア先輩、モルモ、ラビの三人が相手なら、もしかしたらやれるかもしれない、くらいだ。


[そうなんですね]


 ラチカさん強そうだ。


[まあ一対一で会う機会なんてないでしょうし、心配はいらないでしょう]


 という猫島さんの意見に俺も賛成である。


 同じ事務所だったらまだしも、まったく接点がない他の事務所の人と、オフで知り合う可能性なんてまずありえない。


 とりあえず安心したところでラビから個別でメッセージが届いていることに気づいた。


ラビ[弟の誕生日祝いを考えているって友達に相談されたのですけど、わたしに弟はいなくて……申し訳ないですけど、相談に乗ってもらうことってできるでしょうか?]


 聞けば友達の弟は高校生になったらしい。


 去年中三のときの祝いは喜んでもらえなかったから、人に相談することにしたようだ。


ラビ[友人も女子高育ちで男性との接点がないですし、その子の知り合いに高校生の肉親や知り合いがいる子がいないので……]


 と説明をされる。

 女子高育ちの女子大生だって彼氏、もしくは従兄弟はいるのでは?

 

 なんて疑問に思ったが、現役高校生の意見が聞きたい可能性を考慮して、文章にはしないでおく。


[俺がもらってうれしいとしたら、ハンカチか、パスケース、スマホケースあたりでしょうか]


 人によって欲しいものは違ってくるはず、という点は念押ししておこう。

 

[俺に姉はいないので参考になるかわかりませんよ?]


 モルモやラビにもらう分にはうれしいけど、姉からのプレゼントしては恥ずかしいものはあるかもしれない。


 ……想像しても上手く思いつかなかったので、杞憂かもしれないが。


[そこは大丈夫です。難しい相談だとわたしも友達も自覚しているので]


 まあ本人じゃないとわかんない部分があるって、理解してくれているならかまわない。


 相談に乗って話は終わり……と思っていたのだが、予想に反して続きがすぐにやってきた。


[お疲れさまです。弟さんに無事喜んでもらえたので、会ってお礼がしたいと友達に頼まれたので、伝えておきますね]

 

 とラビからメッセージが届いたのである。


[え、別にいいですよ。大したことでもないですし]


 ラビの友達らしいけど、男性の友人がいない人と何を話せばいいのかさっぱりわかんない。


 会ったところで目礼をして終わるだけだろうし、必要ないんじゃないかな?


[わたしを間にはさんでお礼を言うだけなのは失礼だとその子は言ってますし、わたしも賛成なので……]


 ラビの文面からは申し訳なさがにじみ出ている。

 ただまあ、ラビの友達のほうが正しいんだろうな。


 迷ったのでモルモに相談してみる。


モルモ[いいんじゃない? ふたりきりじゃなくて、紗世さんもいっしょなんでしょう? 三人でお茶してお礼を言われて終われば]


 軽い返事が届いてそっとため息をつく。


[それができる自信がないから、相談したんだが]


 モルモなら理解してくれるって思ったんだが、勝手に期待していただけだという自覚はあるので、言いたい衝動をこらえる。


モルモ[かけるが言いたいことは想像できるけど、ラチカさんたちと今度コラボするし、他の女性Vとコラボする機会だって充分あり得るでしょう? 慣れておいたほうがいいわよ?]


[……それはその通りだな]


 モルモの指摘はもっともだと納得してしまう。


 今後のVの活動を考えれば、女性と何を話せばいいのかわかんないっていうのはあまりよくないか。


 そして今回は紗世さんが同行してくれるんだから、さすがにフォローは期待してもいいだろう。


 紗世さんや桂花のフォローがない状況で交流するよりも、はるかにマシだろうな。


[相談に乗ってくれてありがとう。紗世さんにはそんな感じに伝えてみる]

モルモ[どういたしまして]


 画面の向こうで桂花がくすっと笑ってるようなイメージが浮かぶ。


モルモ[何を気後れしてるのか知らないけど、あなたは女の子と普通に接することはできてるわよ? もうちょっと自信を持っていいのよ]


 なんてはげましのメッセージがやってくる。

 俺って女子にきらわれるような言動はしてないのか?


 どうにもよくわかんない。

 桂花と紗世さんのことなら、ふたりが寛容なせいもあるんじゃないかなって思う。


 ……第三者と接する必要がある状況で桂花は見当はずれなこと言ったりはしないって、信頼のほうが上だけど。


 何とかなると祈って紗世さんに言ってみる。


[よかった。ごめんなさいね。お会いする日程について相談したいのですが……]


 まさかのとんとん拍子に話が進んでしまう。


 紗世さんたちは今わりと余裕があるらしく、俺も土日は配信以外に特に予定はない。


 お礼を言うのだから早いほうがいいって、あっさりとまとまってしまった。


 ……紗世さんや桂花と複数回会ってなかったら、女性たちと会うのに着ていく服がないって悩んでいたところだな。


 これもVをはじめたことで変化したひとつだろう。

 猫島さんにも一応「紗世さんと友人と会うことになった」と報告する。


 紗世さんと一対一じゃないのでやましいことはないし、言わなくても平気かもしれないんだけど、何となく言っておきたかったのだ。


 反対されなかったので安心して出かけることができた。

 待ち合わせは最寄駅から数駅離れた場所である。


 ターミナル駅で待ち合わせは合流できる自信がない人しかいなかったので。

 俺は共通の知り合いの紗世さんを探す。


 あの人は現役モデルって言われても納得できる美人だから、遠くからでも目立つだろう。


 と思ったら待ち合わせ場所の駅の東口に紗世さんともう一人の女性が立っていた。


 紗世さんは青のトップスにベージュのロングスカート、クリーム色のストールをはおっている。

 

 この人が着れば何でもオシャレに見えるなと感心してしまう。


 気づいた紗世さんが微笑みながら右手をふってくれたので、目礼を返して小走りで近づく。


 もうひとりの女性は金髪のボブヘアーで北欧の人っぽい顔立ちと、肌の白さが目立つ。


 びっくりしたのは紗世さんと並んでも全然見劣りしない美人さんで、紗世さんのように水色のニットに紺のパンツでも、すごいオシャレに見えている。


 ……何かVをはじめて以降、すごい美人と遭遇する確率が急激にあがった気がしはじめてきた。


 今回は紗世さんの知り合いなので、紗世さんには美人の友達がいるってだけだろう。

 

「こんにちは、かけるくん。今日はありがとうございます。五分前ですね」


 可愛らしい(けどおそらく高い)腕時計を見せながら紗世さんが微笑む。


「こんにちは、お待たせしてすみません」


 女子を待たせてしまったけど大丈夫なんだろうかと心配になる。


「大丈夫ですよ。今回はわたしのワガママを聞いていただいたのですから」


 もうひとりの女性がふふっと笑いながら許してくれた。

 ……あれ? この声、どこかで聞いた覚えがあるぞ??


 まさかという驚きと、焦燥感にも似た何かが胸のうちでうごめく。


「あら、かけるくん、何かに気づいたみたいですね。さすがというべきでしょうか」


 紗世さんのいたずらが成功した桂花みたいな表情に、若干の驚きがまざっている。


「あれだけゲームが上手なら、音を拾って聞き分ける力も優れているはずだからね」


 と金髪の女性が返答した。

 

「んん? 俺のゲームの腕、ですか?」


 具体的に知っているとすると、俺の配信を見ている人だろう。


 紗世さんの友人なら彼女が配信者をやっているのも、ラビという名前も知っていて、そこから俺にたどり着いたのか?


「ええっと、ごめんなさい。わたしは話すつもりはなかったんです。友達と言ってもかけるくんの許可なしにしゃべるのは、よくないですから」


 俺の微妙な表情を見た紗世さんはすごく申し訳なさそうに謝る。


「わたしが勘で当てたんです。この子が相談できる男子高校生って、ひとりしかいないだろうって。だからこの子は怒らないであげてください」


 怪訝そうな表情に変わったのを見たのか、友達のほうが理由を明かす。


「なるほど」


 紗世さんの交友関係を知っている友達だからこそ、相談相手が誰なのか当ててしまったと。


「それじゃあ紗世さんが悪いとは言えませんね」

 

 もとよりあまり気にしてないけど。

 

「お店、個室でとってあるので移動しましょう」


 という提案に従って路地裏にたたずむひっそりとした店に入る。

 内装はオシャレで、女性客がちらほら見えた。


 水とメニューを持ってきてもらったところで、


「誰にも言わないと言っても信じてもらえないでしょうから、わたしの秘密もひとつ教えましょう」


 と紗世さんの友達が言い出す。


「え、本当に言うの…?」


 金髪の女性が妙にうれしそうな表情で言うと、紗世さんがハラハラしはじめる。

 というかこの友達には敬語を使わないんだ……と新鮮に思う。


「ええ、そのほうがわたしもすっきりするし」


「絶対違う理由があるわよね?」


 紗世さんの小声のツッコミを無視して、女性は俺に笑いかける。


「わたしは若佐木(わかさぎ)しずりと言います。紗世と同じ大学で、高校のころからの友人なんです」


「はあ……」


 名乗ってもらって何だが、本名打ち明けられても秘密にはならないよなと困惑した。


 紗世さんの言動が何かひっかかったが、聞くのはためらわれる。


 年上、それも女性相手なので礼儀的にうなずいたところで、若佐木さんの話はまだ続いた。


「そしてVチューバーとしての名前は『雪眠ラチカ』といいます」


 …………は?

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