第67話「裏で同期生トーク」

 配信の合間、三人でお茶でもしないかと誘われたので、再びラビ……紗世さんの自宅へと行った。


「ここなら身バレの心配はいらないから最適よね」


 と桂花は余裕の笑み。

 俺としてはまた豪邸にやってきたことで、ちょっと緊張しているんだけど。


 俺たちがいるのはリビングで、離れた場所で若いメイドさんたちが何人か待機している。


 全員が黒を基調としたくるぶしまで隠れたロングスカートの、落ち着いた印象を与える格好だ。


 いわゆる萌えじゃなくてプロフェッショナルと言うべきかな。


「そうだな」


 身バレリスクはたしかに怖いと同意する。


「ここならどちらの呼び方でも大丈夫ですよ」


 と紗世さんも微笑む。


「いや、名前で呼んでおく習慣をつけておかないと、他の場所でミスするかもしれないし」


 しっかり者のふたりは心配いらないかもしれないが、俺は自分のことをそこまで信用していない。


 三人のなかでやらかすとしたら自分だろうと思っている。


 今日の紗世さんは白いワンピースにピンク色のカーディガンをはおっていて、上品で可憐なお嬢様というファッション。


 桂花はと言うとクリーム色のトップスに紺色のパンツというオシャレとラフの中間みたいな可愛らしいファッションだ。


 どっちもふたりが着ているからよく似合っていると思う。

 忘れないうちにふたりのことを褒めておこうか。


 女子のことは褒めるのが礼儀らしいし。


「ありがとうございます」


「かけるって意外と褒め上手よね。意外は余計かもしれないけど」


 ふたりはそれぞれの言葉で受け取ってくれた。


「我ながら合ってないと気はするし、桂花の印象は正しいんじゃないかな」


 普段女子のことは褒め慣れていないのは、単なる事実である。

 何ならVとして知り合った人限定と言っても、過言じゃないかも。


「あら、じゃあわたしたちだけの特権なのかしら?」


 桂花はいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「それは役得ですね」


 紗世さんも便乗してニコニコする。


「役得なのはむしろ美人ふたりと対面でおしゃべりできている、俺のほうなんじゃないかな」


 照れくさいけど、俺だけ褒められっぱなしなのはよくないと思うので、我慢して言葉にして伝えた。


「あらあら」


 字面だけ見れば余裕そうな紗世さんだけど、頬がうっすらと赤くなっている。

 照れて赤くなった紗世さんは大人の色っぽさが出るからちょっと困るかも。


「かける、わりと言うわね。素質があるのかもしれないわ」


 桂花は身じろぎして言った。


「素質って何の?」


 女子を褒める素質ってことだろうか?

 それならないよりはあったほうがいいんだろうな。


 Vをやっていくなら、女性との接点は多いだろうから。

 俺の疑問を聞いたふたりはお互いの顔を見合わせる。


「天然みたいですね」


「ええ」


 天然って何だろう?

 とりあえず天然ボケじゃないと思うんだが。


「たぶん、かけるくんには伝わってないですよね」


「彼はそのままのほうがいいんじゃない? そっちのほうがカッコいいだろうし」


「全面的に同意します」


 とりあえず褒められているらしいというのは、ふたりの表情や言葉のニュアンスから伝わってくるので、これ以上考えないようにしよう。


 メイドさんが淹れてくれた紅茶をひと口飲む。

 淹れ方で味が変わるという例を思い知るほど美味しかった。


 紗世さん、毎日これ飲んでるとしたら、絶対舌は肥えてるだろうなぁ。


「美味しい」


「お口に合ってよかったです。お気に入りの銘柄ですから」


 と紗世さんは安堵する。


 銘柄、銘柄かぁ……ダージリンくらいしかわからないですって告白しなくてもいいだろうか。


「かけるが銘柄はわからないって顔をしてるわよ」


 桂花が楽しそうにずばり指摘してきて、ドキッとする。


「大丈夫ですよ、気にしなくても」


 紗世さんは笑って流してくれたのでホッとした。


「ボイストレーニングってどんな感じなんだ?」


 話題が途切れたところで俺は質問を投げてみる。

 同じくらいの時期にはじまったことだから、ふたりの状況が気になっていた。


「毎回大変だよー。やったことがないからねー」

 

 桂花がちょっと疲れた顔で、アピールしてくる。

 メチャクチャ歌の上手いこの子でも大変なのか……?

 

 ヘタクソと上手い子だとトレーニング内容が違うってのはありそうだけど。


「声の通りがいいと褒めてもらえましたけど、それ以上に改善するポイントが多いみたいで」


 と紗世さんも報告してきた。


「そっかぁ。俺も大変だよ。今のままじゃよくないんだろうって思うから頑張りたいんだけど」


「お互い頑張りましょ」


「ええ、三人で次のステップに進めたらいいですね」


 俺たちはうなずきあった。

 励まし合える仲間がいるっていいよなあ。


 それから話題は三期生についてに変わる。


「どんな人が来ると思う?」


 と最初に問いを発したのは桂花だった。


「運営がどういう箱にしていきたいのか、わかりづらいのが現状ですけど」


 紗世さんが困った顔になる。


「たしかに」


 ペガサスに拾ってもらって面倒見てもらっているという自覚はあるものの、彼女の意見には全面的に同意するしかない。


「俺を入れたってことは、俗にいう『アイドル売り』にするつもりはないんだろうからなぁ」


 そうしたいなら、女性配信者だけで固めたはずだ。

 

「そういう路線をやるつもりはないって内外に意思表示する意図があったとはわたしも思うわね」


 と桂花も賛成する。


「独自の色がないとこれからはより厳しい時代になっていくと思います」


 紗世さんも真剣な面持ちで話す。

 

「そうなんだよなぁ」


 俺は思わずため息をつきたくなったが、ギリギリ我慢する。


「バードはいいんじゃない? あれだけ特定のゲームで強い配信者なんてザラにはいないし、けっこう異質な売れ方をしているみたいだから」


 と桂花に言われたけど、不本意なので首をゆっくりと横に振った。


「三人いっしょにステップをってのは、俺だって思っているんだよ」


 せっかく同期として知り合って仲良くなれたんだから、俺だけいい結果が出てもうれしくなんかない。


「……そういうところも、よ。ねえ、紗世さん」


「ええ、そうですね」


 なぜだかわかんないけど、女子ふたりはニコニコしてお互いの顔を見ている。

 何だろう、今のやりとりは?


「自然体なところがかけるくんの素敵なところですよね」


「ええ」


 とりあえずふたりから褒められていることはわかった。

 落ち着かないのでひと口紅茶を飲む。


「かけるは? どう思う? 三期生候補について」


 と桂花が頃合いを見計らって訊いてくる。

 

「ゲーム上手い人を採用して今の路線を強化するか、それとも他の武器を持ってる人を採用するか、のどっちかじゃないか?」


 現実的なのはこの二つの選択肢だと思う。


「まあそうよね」


 桂花の反応にとりあえずホッとする。


「歌が上手い人なら、桂花さんとコラボでいけますし、まったり系だとわたし、アクションゲームが上手な人はかけるくんって、選択肢が増えますよね」


 と紗世さんが言った。

 たしかに組み合わせがいろいろ生まれるってのはデカい気がする。


「全部できる人が来たりしたら、一気に楽になるな」


 思いつきを口にしてみると、ふたりとも笑いをこぼす。


「ないわけじゃないでしょうけど、ペガサスは大手じゃないから厳しいんじゃない?」


「歌が上手でいろんなゲームが上手な人なら、大手事務所に行けるでしょうからね。残念ですけど、そのほうが売れる可能性高いですよね」


 桂花も紗世さんも頭ごなしに否定して来ないところが優しいな。


「まあ俺も本気で言ったわけじゃないからね」


 そんなマルチタイプで、しかも女性ならピスケスかシルフィードのほうがいいんだろうなってことくらい俺でも理解できる。

 

「男ならと思ったけど、アポロライブがあるんだよな」


 今度俺がコラボする予定する事務所であり、男性配信者も少なくない大手だ。

 

「まあ一期生のファンの人が来るかもしれないわよ。わたしだって一期生たちを見て、ペガサスに応募したんだから」


 と桂花が告白する。


「実はわたしもなんです」


 紗世さんが我が意を得たりとばかりに笑う。

 

「なるほど。それを考え出すと、わかんないよな」


「ええ。だからかけるの意見もアリだと思うわよ」


 桂花の答えに納得する。


 そのあと雑談で盛り上がって、19時を回ったころ。


「今日わたしは紗世さんの家に泊まっていくけど、かけるはどうするの?」


 からかうような目で桂花に聞かれる。


「えっ?」


「わたしはかまいませんよ。かけるくんも泊まっていきますか?」


 紗世さんも微笑を浮かべてそんなことを言う。

 メイドさんたちにも聞こえているはずなのに、誰も止めようとしない。


 いや、妙齢の女子たちと同じ建物で男が寝泊まりって、よくないだろ。

 前回本当に泊まった俺に言う資格はないって自覚はあるけど、誰か止めろよ。


「やめておく。準備してないし」


 と俺は断りを入れる。


「残念」


 桂花は本当に残念がっているようだ。


「男物の着替えの用意はさすがにないですからね。男性を泊めたことがあるのはかけるくんだけですから」

 

 なんて紗世さんがさらりと恐ろしいことを言う。


「え、俺以外に泊めたことないんだ?」


 他にも経験があるから、俺に対しても寛容というか警戒心が低いのかと思ってた。

 

「わたしはそこまで無防備じゃないです。かけるくんだけです」


 紗世さんは心外そうに、そしてちょっと恥ずかしそうに答える。


「紗世さんにとって、かけるが特別な男ってことね」


 桂花はニヤニヤしながら意味深な言い回しをした。

 俺たちをからかって楽しんでいるんだろう。


「そ、そんな、桂花はどうなんですか?」


 真っ赤になりながら紗世さんが質問する。


「言われてみればわたしも家族以外の男子とって経験は、かけるが初めてかな」


 桂花は今気づいた、という表情になった。

 ……とんでもないことを言われたんじゃないか?

 

 いや、信頼できる男は俺が初めてって意味だな。


「じゃあ俺はこれで」


 あいさつをしてドアを開けたところで


「ちょっとヘタレなところも可愛いわね」


 なんて桂花の言葉が聞こえた気がした。

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