第66話「<ママ>とのコラボ」

『こうしてお話しするのは初めてですね。みっくすじゅーすと申します。よろしくお願いしますね』


『よろしくお願いします』


 <ママ>と子の初めてのコラボの時間だ。


 コラボと言ってもみっくすじゅーすさんは配信チャンネルを持っていないので、リスコードでの音声を乗せるだけだったりする。


 事前に音声で打ち合わせをしているので、厳密にみっくすじゅーすさんの声を聞くのは二回目だ。


 透明感のあるきれいな声の人で、声優やアイドルというより、アナウンサーやナレーターに向いてそうという印象である。


【コメント】

:ママとのコラボ来た

:待ってた

:楽しみにしてた

:どこかぎこちないやりとりがいい

:みっくすじゅーすさん、何気に声出し初めてじゃね?

:個人チャンネル持ってないしな

:きれいな声

:ママと子はてぇてぇ


 

 早くもコメントは盛り上がりを見せていて、正直気の早い人たちだなと苦笑したくなる。


『ずっと見てました。あっという間にバズっちゃって、何が何だかわかんないうちに、わたしの手の届かないところに行っちゃったという印象です』


 みっくすじゅーすさんがしみじみと話す。


【コメント】

:それな

:初手バズりはなかなかない

:業界が大きくなって、Vが増えてきた分、バズりにくくなったしなぁ…

:人が増えるのは悪いことじゃないんだけどね

:ラチカちゃんもたまたま見てただけっぽいからなぁ

:わりとミラクル起こしたよな、この子



『たしかにミラクルだったと思います。いろんな人に支えられて、ここまで連れてきてもらったという気持ちです。まだはじまったばかりなんですけど』


『そうですよね』


 みっくすじゅーすさんがくすくすと笑う。

 

【コメント】

:まだデビューして数か月だろ?

:ママとようやくコラボが実現した段階じゃないか!

:いい話風だけど、何もいまする必要はないよなw

:ペガサスってそう言えばママとのコラボ、遅いほうだよな

:早い事務所は早いね。言われてみれば



『そうなんですか?』

 

 疑問に思ってみっくすじゅーすさんに聞いてみる。


『そう言えばそうかもですね。わたしの子はバードくんだけなので、比較対象はないのですが』


 みっくすじゅーすさんは売り出し中の若手イラストレーターだもんな。


 すでに人気を確立させた売れっ子に依頼できる力はまだないって、猫島さんがぼそっと言っていた気がする。


『鳥、カッコいいって声、けっこうあるんですよ』


 俺はエゴサなんてしないので、他の人に教えてもらったんだが。


『ならよかったです。わたしも最近、バードくんのママと言われることが出てきて、孝行息子を持てて幸せだなって思っています』


 みっくすじゅーすさんは本当にうれしそうに言ってくれる。


【コメント】

:てぇてぇ

:いい話だなぁ

:だから初コラボなのに何ですでに成し遂げた感を出してるんだよw

:まあ当事者たちは達成感あるんだろうさ

:スピードが速すぎる感じは否定できないけどな


『単純に話題があんまりなくて……俺が話し下手なんで』


 コメント相手には敬語使わなくてもいいかなって判断して切り替える。


『わたしも男性や年下としゃべる経験なんてないので、お互いさまですよー』


 みっくすじゅーすさんは明るく笑う。


【コメント】

:ああ、共通の話題がすくないせいか

:魂的に鳥は話題を持ってなくても不思議じゃないしなぁ

:みっくすじゅーすさんもか……

:ストイックに絵の勉強してて話題ないって人は珍しくないぞ

:一つのことに長年打ち込むとどうしてもな…

:年代や仕事が同じ人ならともかく、違う相手だと何気に困るよな

:さりげに男性としゃべったことないとカミングアウトしたんじゃない?

:↑ちょっと気持ち悪い…

:イラストレーター個人にガチ恋やユニコーンはご法度だろ



 何かコメントが変な方向に進みそうになっているので、空気を変えたいな。


『みっくすじゅーすさんはいつごろから絵の道に進もうと考えたんですか?』


『中学のころから考えはじめていたのですけど、決意したのは高校に入ってからですね』


 みっくすじゅーすさんは乗っかってくれて安心したが、答えには驚かされる。


『早いですね』


【コメント】

:中学生から!?

:やっぱり早々にデビューする人ってスタートが早いんだな

:練習がすべてじゃないだろうけど、積み上げなきゃいけないものだってあるだろうからな

:鳥は素で驚いてるな

:打ち合わせで訊かなかったのかな?

:打ち合わせしてたら話題には困らなかったんじゃないかな。野暮だが

:実際いまのほうが会話に入りやすくていい感じ

:鳥ってこういうところ上手いよな。素なのか運営の指導なのか…

:ペガサスはそこまで考えてないから前者だろ

:↑は真顔でなんてこと言うんだ……


『きっかけを聞いてもいいですか?』


 俺は興味を持って質問する。


『高校の卒業生がイラストレーターになったんです。その方のおかげで自分がイラストレーターになるためのビジョンを考えられるようになりました』


 ああ、なるほど。


『どうすればなれるかわからないと、踏ん切りがつかないですよね』


 まさに今の俺が直面していることだ。

 そのせいではっきりと口にするのをためらわれるくらい。


『ええ。そこをクリアできたのが大きかったのかな、と思っています。参考になりましたか?』


 みっくすじゅーすさんとの打ち合わせした時、それとなく進路について迷いを言っていたので、この切り返しがくるのも想定している。


『はい。とても頼りになるママでうれしいです』


 年上のお姉さんをママと呼ぶのは正直かなり恥ずかしいんだけど、業界の慣習に従うしかない。


『ふふふ、可愛い息子の役に立てて、ママはうれしいですよ』


 みっくすじゅーすさんのほうにはさすがと言うか、余裕があった。


【コメント】

:てぇてぇ

:母と子っていいよな

:てぇてぇ

:若干照れがあるけどな、息子のほうは

:まあしゃーないだろ

:思春期の息子がママって呼ぶ時照れるのは普通

:↑言われてみればそうだな

:解釈一致


 実際の年齢的には姉と弟だろうけど。

 みっくすじゅーすさんは二十代前半から半ばくらいらしいし。


『何か進路に悩んでいるのですか?』


『簡単に言うと進学するかどうかですね』


 みっくすじゅーすさんの問いに即答する。


 演者がリアルの話題を口にするのはNGの事務所もあるそうだが、ペガサスは問題ない。


 特定につながりそうな個人情報を漏らさないようにだけ気をつければいいのだ。


【コメント】

:なんか急にげんじつにもどされたんだけど

:聞きたいけどききたくない

:突然突き付けられた内容に、バードウォッチャーたちの動揺がすごいw

:現実わすれたくて見てるのに、現実を持ってくるなんて…でも好き♡

:↑好きなのかよw

:そりゃ現実を話すチューバー何人いるんだよ

:今さらだよなぁ

:むしろ鳥さんの近況知りたいよね

:言ってもいい範疇でかまわないから教えて

:↑それはそれでやめておけ



『言ってもいい範囲……そう言えば三期生の募集を考えてるってマネージャーは言ってたな』


 猫島さんが配信で話してもいいって言ってたから、問題ないだろう。


『あら、そうなのですね。ペガサスも人を増やすことに積極的になりはじめたのでしょうか?』


 みっくすじゅーすさんは本当に驚いている。

 配信前の打ち合わせでは言ってなかった情報だもんな。


【コメント】

:え、マジで!?

:ペガサス、人を増やすんだ?

:1期生から2期生まで一年近くあいてたから、次もあけると思ってた

:会社に余裕ができてきたのかもね

:鳥さんがバズって収益化したのも大きそう

:稼ぎ頭が増えたのはデカいだろうなぁ……



 俺も稼ぎ頭としてカウントされているのか。

 グッズやボイスはまだ全然だから、自覚ないけど。


 あっ、もしかしてボイストレーニングはじめるように言われたのは、将来的に出すことも考えろってことかな?


『これも言っていいやつなんだけど、最近ボイストレーニングをはじめたんだよな。俺ら2期生全員が』


『次のステップに進んだ感じがしますね。おめでとうございます!』


 ボイトレのほうはみっくすじゅーすさんには伝えていたので、純粋にお祝いの言葉をかけてもらった。


【コメント】

:えっ、待って、感情が追いつかない

:新情報畳みかけるのやめて

:ボイトレ?? 鳥が??

:てことはボイス出すのか?

:てか言ってもいいやつなんだ?


 コメントが思いっきりざわついている。

 こうやって話題を増やしていくのが事務所の狙いなんだろうなと感心する。


『進んでいるのでしょうか? あんまり実感はないですね』


 ぶっちゃけ他の人とゲームしたりしゃべったりしてるだけだもんな。

 ……これは言わないほうがいい気がする。


『そうですね。こういうことは実感がわかないものですよ。一歩一歩進んでいますし、初心を忘れなかったらバードくんなら大丈夫でしょう』


 みっくすじゅーすさんに優しく言われたけど、内容には重みがあった。

 イラストレーターとしての経験を踏まえた言葉なんだろう。


『実感がわきにくいものなんですか。それならあせっても仕方がないですね』


 できることをコツコツとやっていこう。


【コメント】

:鳥はわかりやすい数字が出てると思うが…

:数字だけだとわかりにくいのかもな

:上手くなったとか達成感を得られるもんじゃないし

:数字はわかりやすい例だと思ってたんだけど、違う人もいるんだな

:↑わかりやすいのと実感できるのかというのって実は別だったりする

:そんなものなのか……


 

 コメントは本当おだやかだから助かる。


『そうだね。いい結果は出ていることはわかるから、今まで通り頑張ろうとは思えるかな』


『それがベターでしょうね』


 なんて言い、雑談しながらママとの初めてのコラボは終わった。


 俺とコラボしたからと言ってみっくすじゅーすさんは特に影響もなかった。

 評判はいいと猫島さんも同期たちも言っているのに。


 バズるって難しいんだなぁ……。

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