第65話「学園のアイドル」
学校は一時間目から体育だから憂うつだ。
いっしょにペアを組んでくれるだけの友達がおらず、いつも「あまりもの」同士になるから余計に。
「なあなあ、ペガサスコラボ見た?」
「ああ、ゲームのやつ?」
前を行く同じクラスの男子たちがうちの事務所について話して、盛り上がっている。
カーストトップ層はともかく、中堅層は意外とVチューバー見るらしい。
ゲームの内容から、すぐに誰推しかという話になっていく。
「俺はラビちゃん」
「俺はボアちゃんかなぁ」
「モルモちゃん」
「は? ラミアさんだろ」
意外とばらけてるなぁと後ろで感心する。
俺のファンがいないのは想定の範疇だった。
というか同じクラスの男に推しだと言われても、どんな反応をしていいのかわかんないからちょうどいい。
「あ、エリザさんだ」
「そりゃ女子も合同だからな」
なんて言いながら男子たちの視線が、あるポイントに集中する。
うちのクラスと合同で体育をおこなう1組の女子たちの集団。
栗色の髪に雪のような白い肌、北欧の血が入っていることがわかる美貌。
それが虎見坂エリザという女子だ。
スタイルもよく、モデルやアイドルとしてスカウトされているところを目撃したという証言が複数あるらしい。
「エリザさん、最高だよな」
「100年に1人のアイドルって言われるくらいだしな」
男子たちがうっとりしている。
正直彼らの気持ちは理解できた。
紗世さんや桂花も相当な美形だったけど、虎見坂を見ていたおかげで美人に対する耐性を持っていた。
じゃなれば、冷静でいられたかわかんない。
「やっぱりうちの学年だとエリザさんがダントツかな?」
「ほかにも可愛い子は何人かいるけどさ。正直モノが違うだろ」
男子たちの声のトーンが小さくなったのは、女子集団との距離が近づいたからだ。
女子に対して失礼だなとは思わない。
あっちだって似たような会話をしているらしいことは一応知っているので、お互いさまだろうとしか言えないのだ。
男女合同と言っても運動場にいるだけで、授業がはじまったら離れておこなう。
今日の男子の体育はバスケットボールだった。
もちろん俺は人数合わせにしか過ぎなかったし、うちの男子たちは真面目にやっていればヘタクソでも文句は言ってこない。
授業が終わって引き上げる際、
「前田くんカッコよかったね!」
「荒川くんも!」
何人かの女子がキラキラした目で、バスケットで活躍していた男子たちに話しかけている。
「見ていてくれたんだ? ありがとう」
対応する男子たちは慣れているのか、余裕の笑みを浮かべていた。
女子が近くで授業する場合に張り切る奴がいるのは、こういう展開を期待できるからだろう。
俺は空気に決まっているので、そっと教室に向かう。
虎見坂エリザ本人と親しい女子たちは、興味がないのか先を歩いていた。
……休み時間、体育の授業に関する闇の部分をSNSをチラッと見るかぎりでは、俺の境遇はまだマシな部類に入るっぽかった。
ぼっちには違いないけど、授業でのゲームに負けた戦犯として責められたりしないもんな。
帰宅後、制服から着替えて事務所へと向かう。
身バレ対策としてなるべく私服で行動したほうがよいとのことだ。
「みなさんのおかげで設備がグレードアップしました」
猫島さんに笑顔でお礼を言われる。
今日、モルモとラビのふたりは来れないらしく、俺ひとりでトレーニングを受けるハメになった。
と思いきやボア先輩が姿を見せる。
「あら、バードくんじゃん。君も今日ボイトレ?」
先輩の飛び切りの笑顔と、ラフで体のラインが出たファッションにドギマギしながらうなずく。
ペガサスオフィスは女性社員が多い会社らしいけど、先輩はちょっと油断してませんか? なんて言える勇気が俺にあるはずない。
ボイトレがはじまるのはともかく、日程はそりゃ知らないか。
「邪魔したら悪いし、お先にー」
先輩は言いたいことを飲み込んで、手をひらひらと振りながら立ち去る。
できればボイトレについていろいろ教わりたかったので、ちょっとアテが外れてしまった。
「不安そうな顔をしちゃって可愛いわね」
「わぁ!」
不意打ちで真横から話しかけられて仰天する。
「ふふふ」
妖しい笑い声には聞き覚えがあった。
「ラミア先輩ですか?」
「ええ、そうよ」
長身でモデルみたいな美女が、いたずらを成功させた悪童めいた笑みを浮かべている。
「わたしといっしょにトレーニングしましょうか?」
「……ありがとうございます」
彼女なりの心遣いだと思って頭を下げた。
「いいのよ。誰かといっしょのほうが張り合いも出るし」
配信では面倒見のいいお姉さんって印象だったけど、リアルでも違いはないらしい。
ボイストレーニングは初めてということで緊張していたけど、先輩とやるならちょっとはマシかも?
「まあ、初めてならこんなものかしらね」
休憩時間、トレーナーとラミア先輩はそろって言った。
うん、俺がダメなのは知ってた。
「いきなり上手くやろうとしなくていいのよ。ゲームだって同じでしょう」
ラミア先輩の言葉が胸にしみる。
「そうですね……」
おかげですこしずつ上手くなっていけばいいだろうと割り切ることができた。
「それにバードさんの場合、上手さを求められるかは疑問ですからね」
やってきた猫島さんがスポーツドリンクを俺たちに差し出しながら言う。
「たしかに。バードくんは上手くないほうが、女性ファンの心をくすぐれていいかもしれませんね」
とラミア先輩が賛成する。
「それでいいんですか?」
上手くなくてもいいほうが気楽なのは事実なのだが。
「わたしたちが把握しているかぎりですが、バードウォッチャーは女性が4割と多めですし、スーパースパチャも多いですね」
「女性は好きなものを熱心に推すけど、実際に聞いたらすごいわね」
猫島さんが話すデータを聞いたラミア先輩が目を丸くする。
「女性Vとの絡みが多いことを考慮すれば驚異的ですらありますね」
と猫島さんも驚きを込めて話す。
「不思議ですよね。女ってほかの女の影があるのをきらう人が多いと思うのですが……『モテる男がモテる法則』が働いているのでしょうか?」
ラミア先輩が首をかしげる。
「断言はできませんね。この界隈はどちらかと言えば『自分だけがあの人が素敵だと知っている』ことを好む傾向がありますから」
猫島さんが言えば、
「ですよねー」
ラミア先輩がうんうんとうなずく。
ふたりの女性のやりとりに正直俺はついていけていない。
「まあその辺はおいおい調査していくということで」
猫島さんは咳払いをする。
「せっかく直接お会いしたので報告ですが、そろそろ3期生の募集をはじめようかと思っています」
「あら、そうなのですね」
ラミア先輩は予期してなかったと目をみはった。
「俺たち2期生が入って二か月くらいですよね」
どんなペースで演者を増やすのかは事務所次第なんだけど、大手なら三か月ペースだったりする。
ペガサスって大手みたいなことができる会社じゃないって、入る時の説明で言われた気がするんだが。
「だいぶ力がついてきたので、そろそろ次のステップにという意見が有力になったんです。案件も増えてきましたしね」
猫島さんは微笑んだが、どこか苦笑いのようにも見える。
「今が上り調子というのはたしかに」
ラミア先輩は同意見だとうなずいた。
俺には判断できないことなので、事務所に従えばいいかなと思ったりする。
「おそらく公募は来月ごろ、デビューは夏ごろかと思われます。追って連絡いたしますので、配信で告知をよろしくお願いします」
「了解です」
と言ったものの、3期生ってどれくらい集まるのかな?
「今なら人数を増やせるんじゃないですか?」
ラミア先輩がいたずらっぽく言うと、
「マネージメントの手が回らなくなったら元も子もないので、採用するのは二、三人になると思いますよ」
猫島さんは困った顔で現実的な回答をする。
「まるで【彩雲(さいうん)】みたいですね」
とラミア先輩は評価した。
俺でも知ってる有名事務所の名前が出たな……。
「あそこは少数精鋭が方針の会社ですから。その気になれば演者を増やすこともできる点が、ウチとは違いますね」
猫島さんがはっきりと苦笑する。
「いつか【彩雲】くらい有名になりたいですね」
ラミア先輩があこがれをこめて言った。
「何とかお力になりたいです」
と猫島さんは笑みを引っ込め、真剣な表情で応える。
どれくらいすごいことなのかわかんないけど、俺だって一応夢は持っているので、黙って首を縦にふった。
いつかみんなの願いがかなえばいいなって思う。
「まずは箱の外とのコラボや案件を増やすのが当面の目標ですね。特に有名どころとのコラボは大変ありがたいです」
と猫島さんは話して、なぜかこっちを見る。
「その意味でバードくんはすごいわね。いきなり【ピスケス】とのツテを作ってくれたようなものだから」
ラミア先輩の言葉で、ラチカさんとの件だと気づいた。
「こ、これからも頑張ります」
何となく謙遜や否定はしちゃいけない気がして、無難そうな答えを選ぶ。
「これからもよろしくね」
ラミア先輩と別れて、猫島さんとふたりになる。
「今日このあと【アポロライブ】と打ち合わせして、バードさんに情報を共有しますね」
「よろしくお願いします」
相手は俺とデビュー時期が近い人らしいけど、どうなるんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます