第64話「打ち合わせあれこれ」
案件コラボはつつがなく(?)終わりを迎えた。
ミンタカ公式も喜んでくれているらしい。
今はマネージャーを入れた四人で、案件のふり返りをおこなっている。
一期生たちは月音さんを入れた四人で、やはりやっているのだろう。
ラビ[初めての案件、無事に終わって何よりです…!]
モルモ[ほんと。緊張したわ]
ふたりと同様、俺も安堵の気持ちでいっぱいだった。
配信の内容は自由にやらせてもらっているし、それでいいっていう視聴者がついてるんだけど、案件は違う。
お金を出して依頼してきた企業の期待に応えられるのか?
という要素が大事だったんだ。
[今だから言うけど、みんなといっしょじゃなかったら断ってたな]
とてもじゃないけど、ひとりで上手く回せた自信がない。
緊張とプレッシャーでガチガチになってしまって、まともにこなせないだろう。
[そもそも猫島さんのところで止まったかな]
俺ひとりにいきなり任せるほどペガサスだって無謀じゃないはずだ。
猫島[そこは案件やみなさんの状況を見て判断させていただきます]
否定も肯定もしなかった。
モルモ[ゲームをプレイするものなら、バードはけっこういけるんじゃない?]
ラビ[テストプレイ以外に単純に宣伝目的のものだってあるかもです]
なるほどなぁ、そういうの考えるのって苦手なんだよな。
とは言え、ずっと今のままというのも何だかよくない気がする。
具体的にどうって考えがあるわけじゃないけど。
猫島[ふり返り配信をおこなうか、それとも通常配信をおこなうかはみなさんに任せてほしいと、先方から連絡は届いています]
[ふり返り配信ってしたほうがいい気がするんですけど]
反省点とかもあったからな、俺の場合。
ラビ[ふり返り配信コラボをみんなでは難しくても、わたしたち三人でやるというのはいいかもしれません]
モルモ[わたしも賛成です。三人でやりながら、ミンタカさんへのお礼を改めて伝えるというのはどうでしょうか]
猫島[いいですね。個人でやるよりもなるべく複数でやったほうがいいでしょう。それでいきましょうか]
打ち合わせがひと段落したところで、
猫島[話は変わりますが、みなさんにはそれぞれコラボの打診が来ています]
マネージャーが新しい刺激を投下してくる。
ラビ[え、またですか?]
モルモ[もしかして箱の外でしょうか?]
箱と言われて一瞬わかんなかったけど、ひとつの企業を「箱」という単位でくくられる場合が多いんだっけか。
猫島[ええ。ラビさん、モルモさんはどちらもビスケスからのお誘いです]
ラビ[!!??]
モルモ[……もしかしてバード絡みですか?]
何で俺?
と思ったものの、ビスケスってラチカさんのイメージがたしかに強いな。
猫島[きっかけはそうかもしれません。雪眠ラチカさん、レミリアさんのおふたりですし]
ラビ[ラチカさん、本当はバードくんとコラボしたかったかもしれませんね……]
モルモ[【ビスケス】は【シルフィード】ほどじゃないけど、一応はアイドル路線だしね……]
【ビスケス】【シルフィード】はどちらも業界大手で、女性ライバーしか所属していない。
そしてアイドル売り路線をしている以上、うかつに男性とコラボするわけにはいかないという理由がある(みたいだ)。
猫島[バードさんを話題に出すだけでギリギリですからね。ラチカさんは最初バードさんとのコラボを希望したものの、先方で却下したようです]
ラビ[やっぱり]
モルモ[コラボしたらたぶん燃えますよね。バードが]
俺が燃やされるのか。
ゲームコラボならすでにやったことあるのに?
あれくらいでギリギリってことなのかな?
猫島[ラチカさんならあるいは大丈夫かもしれませんが、攻めないほうがよいラインというものが存在します]
猫島[ラチカさんも自分のせいでバードさんが批判されたくないと、諦めてくれたそうです]
モルモ[ラチカさん、ガチじゃなくてもその手前みたいですからね]
ラビ[ファンってけっこう敏感ですよね。そのライン]
何やら女性同士だけがわかるような話になってきている。
ラチカさんがガチって?
たしかに俺のプレイのファンでいてくれるみたいだったが?
……わからないと言いたいところだけど、何だか言わないほうがいい予感があるから困る。
俺が話についていけていないってわざわざ言わなくても、たぶんこの三人なら気づいているだろうし。
モルモ[ところでわたしたち全員になら、バードにもどこからかコラボ依頼が来たんですか?]
モルモが話を変えようとしてか、マネージャーに質問した。
気遣い上手いよなぁと感心する。
猫島[ええ。一件は担当イラストレーターのみっくすじゅーすさんからのお誘いですね」
[え? 俺のママからですか?]
みっくすじゅーすさんはバードのデザインを担当してくれたイラストレーターで、業界の慣習として「ママ」と呼ぶ。
たしか若い女性ということで俺との交流は様子を見ながらって、最初に説明されたはずだけど。
ツブヤイターじゃ俺のことを話題に出したり、リツブヤキもしてくれていたけど、直接コメントはこなかったもんな。
ツブヤイター見るかぎり、余裕があるときはいつもリアルタイムで視聴してくれているのは把握しているが。
猫島[同期とのコラボ、一期生とのコラボも無事に終わったということで、もう大丈夫だろうと事務所と相談して決まりました]
そっちに比べたらママ相手のほうがリスクは低いだろうし、乗り越えたらいまならって判断かな?
ラビ[おめでとうございます!]
モルモ[おめでとう! たしかにバードは燃えにくいタイプだもんね。みっくすじゅーすさんも喜んでるんじゃないかな]
[ふたりともありがとう]
同期たちが自分のことのように喜び、祝福してくれるのがうれしい。
ところで燃えにくいタイプってなんだろう?
あとでモルモにでもこっそり聞いたほうがいいのかな。
猫島[もう一件は【アポロライブ】の方から、ゲームコラボのお誘いですね]
ラビ[アポロライブですか?]
モルモ[やったじゃない! どんどんすごくなるわね!]
俺よりも同期ふたりのほうが驚き喜んでいる。
[アポロライブって連王寺ガイさんの事務所ですよね?]
モルモ[さすがにアポロライブと連王寺さんは知ってるのね]
モルモがちょっと驚いていたが、これは俺が悪い。
彼女にはいろいろと教えてもらったし。
[そりゃ。さすがにね。【御三家】くらいはわかるよ]
猫島[よかった。知らないと言われたらさすがに困りました]
猫島さんがホッとしている。
バーチャル業界御三家──通称御三家は業界の黎明期から活動していて、業界を定着・拡大させた功労者として、みんなから一目置かれているトップ三人のこと。
そのうちひとりが連王寺ガイだ。
[俺がペガサスに誘われたのも、男のVが存在していられるのも、連王寺ガイさんがいるからだってことくらい、理解しているつもりです]
V業界において男女の交流はもともとあまり歓迎されない。
それが「健全な交流をやる分にはかまわないのでは?」という空気が生まれ、ある程度定着したのは、連王寺ガイのおかげだという。
詳しくは知らないが、「連王寺ガイは例外、ほかの男は許さない」みたいに言われる時期もあったらしい。
いまは明確なアイドル売りをしている箱、演者でもないかぎりそこまでいやがられない(警戒はされる)のだから、すごい功績だと思う。
猫島[一応言っておきますが、今回のコラボ相手は連王寺さんではありません]
マネージャーの一言に思わず苦笑してしまった。
[当然でしょう。ラチカさんくらいになってようやく絡めるかもってレベルの大物じゃないですか]
ラビ[ここで連王寺さんがいらっしゃったら心臓が止まるかもです]
モルモ[ご本人はけっこう気さくらしいけど、周囲が全力で止めるでしょうね]
ふたりの言っていることも理解できる。
連王寺ガイとコラボだっていきなり言われたら、緊張と不安で頭と心臓がどうにかなってしまいそうだ。
猫島[それと最後になのですが、みなさんにもボイトレの相談もしたいです。外部とのコラボが増えるなら、おそらく歌を求められる機会が出てきますから]
モルモ[歌を採用している箱も個人も多いですもんね]
ラビ[Vをやっていくなら避けては通れないでしょうか]
ふたりは仕方ないという反応をしている。
[歌……? 俺がですか?]
音楽のテストなんて、ろくな覚えがないぞ。
猫島[声質は悪くないですし、バードさんは売り方が違うので上手さは求められません。ただ一生懸命さが伝わればそれでよいのです]
なんてマネージャーは言うけど、本当に大丈夫なんだろうか?
企業所属って立場上、断らないほうがいいとは思うけど、不安で仕方ない。
モルモ[判官びいきって言葉があるみたいに、下手でも頑張ってるってだけで需要があるんじゃないかな]
ラビ[そうですね。わたしたちは上手さを求められない立場ですから、まだいいかなと思います]
猫島[歌手だったら上手いのは当たり前、前提に考えられますが、みなさんは違いますから。ファンさえ納得すればそれでいいのです]
なんてみんなは言う。
なるほど、上手ければいいってもんじゃないことは理解した。
[まあボイトレやってて損はないんでしょうし、やってみるだけなら]
一応返事をする。
配信の声質だって、ボイトレやれば改善できるかもしれないしな。
猫島[みなさん、話がわかるので助かります]
? マネージャーのメッセージから珍しく本音や疲労感が伝わってきた。
メッセージでのやりとりについては、いつもならもっと事務的なのに。
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