第52話「勉強会打ち上げ配信」

 今日は5日の昼、ご飯を食べてから勉強会最後の配信だ。


「休憩配信、猫島さんによると好評だったみたいだし、今回もあんな感じでいいのかな?」


 と俺は紗世さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、最終チェックを兼ねて提案してみる。


「あれ、予想外の一面が見れたってファンは喜んでるみたいだけど、狙ってやれるものじゃない気がするわね」


 と桂花は首をかしげた。


「今回は予定どおりゲーム中心でいいのでは? たぶんそれでじゅうぶんみなさんは喜んでくれますよ」


 と紗世さんも言う。


「そうですね。忘れてください」


 俺の考えがよくなかったと認める。


「いえいえ、前回成功した例をもとにするというのは当然のことですよ」


 落ち込みかけるよりも早く紗世さんからフォローが入った。


「従来の予定に新しいアイデアをつけ加えてよりいいものに、という姿勢は高く評価されるべきね」


 と桂花も言う。


「まあそれが最高とはかぎらないわけか」


 俺は自分で結論を口にする。


「ゲームって何をするんですか?」


 そして紗世さんに聞く。

 

「やっぱりかけるくんがやりたいものでいいんじゃないでしょうか? できればわたしたちも遊べるもので」


 彼女はおっとり微笑みながら答える。

 三人仲良く遊べるゲームで俺がやりたいやつか。


「どんなゲームなのか、説明してもらわないとわからないものが多いと思いますが」


 俺がわかるのはひとりで遊べるタイプばかりだ。


「もちろん説明しますよ」


 気にするなと紗世さんは微笑む。

 

「わからないことがあれば聞けばいいのよ!」


 笑顔で桂花も言い切る。


 聞きやすいかどうかもあると思うんだが、ふたり相手だとこの点何の心配もいらないな。


「わかりました。頼りにします」


 さんざん勉強で面倒を見てもらったし、何泊もさせてもらったのだ。

 いまさら世話を焼いてもらっても誤差だろう。


 そんな開き直りに近い考えが浮かんだのは否定できない。


「はい、遠慮なく頼ってくださいね」


 と紗世さんはにっこりする。


「かけるは変にカッコつけず素直に頼ってくれるから、こっちも助かるわ」


 と桂花が言った。


「つき合いやすいお人柄というのはありますね」


 紗世さんがわかると彼女に共感する。


「そんなこと言われたことなかったな」


 自分がつき合いやすい性格だと思ったことは一度もない。


 言われた経験があり、自覚するチャンスがあったらずっとぼっちをやっていたりはしない。


「人間関係なんてしょせんはマッチングよ」


 と桂花は笑顔で言いきる。


「そういうものなのか?」


「人間同士は相性だと思いますよ」


 俺が首をかしげると紗世さんが答えた。


「そうなんですか?」


 このふたりにかわるがわる言われると、そういうものなのかなと思えてしまう。

 人柄と信頼によるものだろう。


「ではゲームを見に来ましょうか?」


 頃合いを見計らった紗世さんに言われて、俺たちは彼女の部屋へ招かれる。


「俺も入っていいんですか?」


 というのが正直な疑問だったので、ストレートに紗世さんにぶつけた。


「大丈夫ですよ。男性に見られるのが恥ずかしいのは事実ですが……かけるくんですから」


 何とも反応に困る答えが返ってくる。

 だが、これは単に俺を信頼しているって意味だろう。


 すぐそばに桂花だっているんだから。

 その桂花は俺と紗世さんを見て、ニヤニヤしている。


 からかうのが好きな桂花だが、いじられたくないことをいじっくることはない。

 今回も同じで、たぶんこっちの心情を洞察するスキルが高いのだろう。


 紗世さんの部屋は意外なことにピンクのカーテンにフリルもついている。


「へえ」


 思わず声に出た。


「似合ってないですよね」


 紗世さんは真っ赤になってうつむく。

 桂花の視線がすこしけわしくなったので、あわてて口を動かす。


「え、可愛くて、こういうのが好きなんだなって思っただけですよ?」


 似合っていないなんて思ってないのは本当だ。


「そうでしょうか? この年にもなって……とは自分で思うのですけど」


 紗世さんはまだ頬が赤いままだ。


 可愛らしいものはもっと下の年代で卒業しなければ、というルールでもあるんだろうか?


「いいんじゃないですか。俺だってゲーム好きでコミュ障こじらせたぼっちですよ」


 紗世さんのほうがはるかに立派だ。


 俺なんて取り柄なんて何もない──最近、もしかしたらゲームが取り柄になるのかもと思いはじめた、そんな奴だぞ。


「わたしもたいがいですよ。いいじゃないですか、好きなものは好きで」


 と桂花が笑顔で言いきる。


「それにかけるは気にしないって、わたしの予想したとおりだったでしょう」


「ええ、おっしゃるとおりでしたね」


 そして女子たちがちょっと意味深な会話をした。

 桂花ならすでに紗世さんの部屋に来たことがあったしても、何も変じゃないか。


 お泊まり中俺は二階にいたけど、彼女は紗世さんと同じ階だったんだから。


「紗世さんはきれいなだけじゃなくて可愛いってことよ」


 と桂花は結論づけるように言う。


「異議なし」


 彼女がニヤッとしていたので便乗してみる。


「も、もう」


 紗世さんはたぶんさっきとは違う理由で恥ずかしそうに抗議してきた。

 もちろんすこしも怖くない。

 

「紗世さんはきれいな大人の女性なのに、可愛らしさも兼備してるから反則だわ」


 と桂花がうらやましそうに嘆息する。

 

「桂花だって美人と可愛さが同居してるタイプだと思うんだが」


 俺が声をかけると、


「そう? わたし、可愛さに寄ってない?」


 と聞き返す。


「う、うーん。そこまで言われるとわかんない」


 俺は桂花から視線をそらしてしまう。


 わかんないのも事実だが、女の子の顔をあまりじろじろ見るのは失礼だと思うからだ。


 あと、桂花くらい可愛い女子の顔を何秒も見るのは恥ずかしい。


「かけるは誠実に答えてくれるから好き」


 桂花はちょっと照れながら言う。

 女の子にはっきり好きって言われるとドキッとする。


 おまけにメチャクチャ可愛いし。

 友達として好きって意味だとは思う。


 桂花みたいなすごいスペックの子が俺に恋愛感情があるなんて、うぬぼれてなんかいない。


「桂花はさっぱりしてるし、はっきり言ってくれるし、フォローも上手だから俺としてもつき合いやすいよ」


 とお返しとばかりに話す。

 女子と話すのがこんなに気楽だなんて、Vになるまでは想像もしてなかった。


 たぶんそれだけ桂花がすごい子なんだろう。


「あ、ありがとう」


 桂花は珍しく照れたように頬を赤らめ、視線を斜め下にさっとそらす。

 ちょっとお互い恥ずかしいな。


 でも、俺だけいいところを教えてもらうのは心苦しい。

 桂花だって紗世さんだって素敵なところがたくさんあるんだから。


「かけるくん、褒めるの上手ですよね?」


「それはわたしも思います」


 紗世さんがふと言ったことに、桂花はすかさず賛成する。


「そうですか? 紗世さんと桂花のほうがずっと上手くないですか?」


 と俺は首をひねった。

 これは謙遜じゃなくて本心だ。


「桂花はよく人を見てるなと感心するし、紗世さんはみんなを優しく包み込むあたたかい包容力があるし」


 単に褒めるだけじゃ説得力ないと思ったので、具体的に掘り下げてみる。


「そういうところ気づくんだ?」


 桂花はちょっと驚いたようだった。


「あたたかいとか言われると照れちゃいますね。自分では意識してるつもりはないのですけど」


 紗世さんは困ってるのか照れてるのかよくわからない表情だ。

 もしかしたら両方かもしれない。


「……最初の目的に戻りましょう」


 桂花が我に返って告げる。


「そうだったな」


 三人で遊ぶゲームを探すために来たんだった。

 

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