第49話「勉強会合宿⑧」
「おはようございます」
朝の8時に一階に降りると、すでに紗世さんも桂花も起きて着替えていた。
メイクのことはわかんないが、ふたりともメイクなしでもメチャクチャ可愛いんじゃないかな……?
いや、してないように見えるメイクもあるらしいんだが。
「おはよう。意外とかける早起きだね。てっきり休みの日は遅くまで寝てるタイプかと」
と桂花はお茶を飲んでから俺をからかう。
今日の彼女はピンクのブラウスに紺色のパンツで可愛らしい。
「そうなんだけど、人ん家で寝過ごす度胸は俺にはない」
と苦笑しながらも答えを言い切る。
ましてやいつもよくしてくれてる紗世さんの家(本人はまとめて『部屋』扱い)なんだから。
「ま、かけるはそれだけいいやつってことね」
「かけるくんが素敵な人柄だとわたしはすでに知ってますよ?」
俺の答えに対して桂花と紗世さんは包み込むような笑顔で応じる。
桂花、わかっててからかってきたのか……いや、仲良くなったから安心して素の性格を見せてもらっていると考えよう。
「改めておはようございます、かけるくん」
「おっと、おはよう」
紗世さんが俺に朝のあいさつをすると、桂花がやべっという表情で早口で言う。
「桂花はからかうの優先して、あいさつを忘れるとか」
からかわれたお返しを言うと、
「てへっ」
桂花は舌を出してごまかす。
「ずるいレベルで可愛いよな、桂花って」
男はたいがいのことなら許してしまいそうな破壊力だ。
「ありがと。女子にはあざといって叩かれるから、出せるとき限られてるけどね」
桂花は肩をすくめて自嘲めいた笑みを作る。
「そうなんだ?」
「女子にはいろいろあるのですよ」
紗世さんは悟った仏のような表情でやんわりと言う。
その彼女は水色のブラウスとクリーム色のロングスカートというファッションで、清楚なイメージとぴったりだ。
「大変なんですね」
男ならイケメンがカッコつけたところで、イケメンはいいなで終わるのに。
「女子は大変だよー。男子は男子で大変そうだけどさ」
と桂花は言う。
「女子は大変だ」で話が終わらないのが彼女らしいし、いっしょにいて心地いいと思う理由だ。
「かけるくんは朝ご飯は和食派ですか? それとも洋食派ですか?」
と紗世さんに聞かれる。
テーブルを見ると桂花はパンと目玉焼き、紗世さんは焼き魚にご飯とみそ汁と見事に別れていた。
「とくにこだわりはないので、朝あるものを見て適当につまむか、親が作ってくれたものを食べるかですね」
正直どっちでもいいというのが本音だ。
腹がふくれて栄養をとれたらそれでいいじゃないか。
「……そうなんですね。ではパンと焼き魚という組み合わせもありなのですか?」
紗世さんは身を乗り出す。
おかげでたわわな果実が強調されたけど、本人無自覚なのかな?
男子の視線に慣れてないか、無防備なところがあるんだよな。
「和洋食ってやつですね。俺は平気ですよ」
と答えると紗世さんはうれしそうに立ちあがる。
「ではお出しするのでちょっと待ってくださいね」
「ありがとうございます」
手伝ったほうがいいんだろうけど、俺じゃ邪魔になる可能性のほうが高い。
桂花と向き合う位置に腰を下ろして待機する。
「かけるってこだわりないんだね」
と話しかけられたので、
「ああ。考えるのが面倒な日はおにぎりと食パンに野菜スティック、なんて組み合わせでしのいだりするよ」
と答えた。
「それはさすがにどうなの……卵か魚でも食べたら?」
桂花にはあきれられてしまった。
「用意する時間がないことがけっこうあるんだよな。自分でやるのに慣れてないってのもある」
と弁解する。
慣れてる人なら数分で用意できるのかもしれないが、俺だともたもたしている間に登校時間になりそうなんだ。
「割り切りは大事だと思いますよ。わたしも慣れていること以外、普段はやらないですし」
と料理を持ってきてくれた紗世さんが擁護してくれる。
「意外ですね」
「たしかに意外かも」
俺が目を丸くすると、桂花が共感した。
「え、そうでしょうか? わたしは普段はルーチンワークのほうが好きなんですよ」
と紗世さんは言いながら、俺の前にトレーを置いて桂花の隣に座る。
焼き魚、みそ汁、パンに出し巻き卵、トマトとキュウリ、キャベツのサラダという組み合わせだ。
こだわりがある人なら、これはNGを出すかもしれない。
「うわー、美味しそう! いただきます!」
俺がご飯を食べている間、桂花と紗世さんはファッションの話をはじめる。
「桂花さんの腰、細いですよね」
「紗世さんだってバランスがいいじゃないですか」
ふたりはお互いを褒め合っていた。
それぞれ違う方向で魅力的だと思うんだが、だからこそ「隣の芝生は青く見える」になってそうだ。
目と鼻の先に俺が座っているせいもあるかもしれないが。
食べ終えたので食器を持っていき、自分で洗う。
そして席に戻ったところで、
「猫島さんからメッセージで提案が来ていて、わたしの家でのコラボ配信はどうかとのことです」
と紗世さんが俺に言う。
「昼間、三人でやっていいんじゃないかなってことみたい」
とは桂花の言葉だ。
グループ宛にメッセージが届いていたのかな。
俺は今日起きてからまだ見てないや。
「お、いいですね」
俺はすかさず賛成する。
「たしかに勉強会についてはすでに告知済みですもんね」
ただし、配信内容に関しては具体的にどうするんだろう。
「どんな配信をすればいいんでしょうね? やっぱり打ち上げ配信でしょうか?」
と疑問をまじえながら提案してみる。
ほかの配信だと勉強やれって言われそうだからだ。
もちろん俺が。
「打ち上げ配信いいですね!」
紗世さんはにっこり笑う。
「最後に1時間くらいやったら、きっと盛り上がるよね」
桂花も賛成してくれる。
「ただ、間に1回くらいほかの配信をはさみたいかな」
というのが彼女の意見だ。
「中間報告配信をするか、それとも休憩配信をするかでしょうか?」
紗世さんが右頬に手を当てながら首をかしげる。
「今日入れて4日あるので、そのふたつを違う日にやって、最後に打ち上げ配信するのはどうでしょうか?」
と桂花が提案した。
「いいんじゃないか? 配信内容を変えたほうが視聴者だって飽きないだろうし」
と俺は賛成する。
「そうですね。休憩配信と打ち上げ配信でどう違いを出すのか、考える必要はありそうですけれど、素敵なアイデアですね」
紗世さんも桂花のアイデアを支持したので決まりだ。
「ひとまず猫島さんにやるって伝えないとね」
と桂花が言ったので俺もスマホからリスコードを起動させ、グループに飛ぶ。
モルモ[中間報告配信、休憩配信、打ち上げ配信をやろうかなと三人の間で話はまとまりました]
マネージャー[いいですね! 中間報告配信を明日→次の日休憩配信→最終日に打ち上げ配信になるといいかなと思います]
中間報告が先のほうがいいのか。
「猫島さんのアイデアでいいですよね?」
と紗世さんの問いに俺と桂花はうなずく。
ラビ[あと、休憩内容と打ち上げ配信の中身についてはまだ決まっていないのですけれど、何かご意見はありますか?]
マネージャー[息抜きはお菓子を食べるとか、音楽を聴くといった方向性がいいかもしれません。視聴者も癒されることを意識すればいいんじゃないかと思います]
「なるほど、癒し系か」
と俺は納得する。
だが、首をかしげたところで思いつかない。
「癒し系なら紗世さんが得意ってイメージなんですが……」
もちろん頼りっぱなしというわけにはいかない。
「ふふ、ありがとうございます。評価していただいて」
紗世さんは俺の言葉を好意的に受け取ってくれた。
「癒し系ならたしかに紗世さんを中心に据えたほうがいいよね」
と桂花も同意してくれる。
「それだと俺が役に立てないかもしれないんだよな」
俺はどう考えても癒し枠じゃない。
「かけるくんも参加しましょうよ」
「そうよ。三人の配信でしょ」
ふたりは遠慮するならと励ましてくれる。
「う、うん」
俺がふたりに癒される配信になってしまいそうなんだが、断るわけにはいかないよなあ。
マネージャー[打ち上げはそうですね、勉強から解放されてゲームをするのもありでしょうか]
猫島さんはどんどん意見を出してくれて頼りになる。
「ゲーム配信か。解放感を出せていいかもな」
と俺はまっさきに賛成した。
「三人で遊べるやつがいいよね」
と桂花も同意する。
「いろいろありますよ。ボードゲームやパーティーゲームのソフトが」
紗世さんは乗り気なようで、ニコニコとして話す。
Vだからテレビゲーム機とかのほうがいいだろうな。
トランプとかだと体の一部が映ってしまうリスクがあるだろうし。
「いいですね。みんながいいなら、やったことがないゲームをやってみたいです」
と俺は言ってみる。
ひとりで遊んでも味気ないゲームには手を出したことがない。
「もちろんですよ! 三人で楽しみましょうね」
「遠慮しなくていいのよ、わたしたち相手にね」
ふたりとも笑顔で受け入れてくれる。
うん、たぶんこうなるだろうと思ったから、勇気を出して言ってみたんだ。
自分の気持ちが否定されず、受け止められて包み込まれるって本当にうれしい。
「とは言え、休憩配信のほうがまだ決まりませんね?」
紗世さんはちょっと困った顔をして右手を頬に当てる。
「癒し系って言われても……桂花は何かアイデアある?」
と聞く。
「うーん、いろいろあるけど、いますぐ決めなくてもいいんじゃない?」
桂花の返事にそれもそうかと思う。
「たしかにな。どんなことでリフレッシュしたいか? も大事になってくるかも」
あくまでも勉強を第一と考えるなら。
「ですね。勉強が優先という位置づけのはずですから」
紗世さんが共感し、桂花が笑顔で首を縦にふった。
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