第48話「勉強会合宿⑦」
何となく背中がかゆい気まずい時間の中、静寂を桂花が破る。
「お待たせしました。あら?」
湯あがりの彼女は膝上数センチが見えるショートパンツに、赤いTシャツというラフな格好だった。
しっとり濡れた髪とうっすらと上気した頬が色っぽい。
俺と会うときは太ももが露出しないファッションばかりだから、ギャップもすごい。
「どうかしたの?」
俺と紗世さんの空気を察したのか、怪訝そうな声を出す。
「いや、紗世さんのアイデアがすごくためになったからな」
とりあえずごまかしを図る。
「ふーん。で、喜びすぎてハイタッチでもして、我に返ったら恥ずかしくなったとか?」
桂花は髪をバスタオルで拭きながらずばり切り込んできた。
「すごいな、桂花。ほとんど合ってる。何でわかったんだ?」
ちょっと違うけど間違いというわけじゃなかったので、ぎょっとしながら彼女に聞く。
「うん? ふたりの性格と言動のパターンから推測しただけよ。まさか本当に当たってるとは思わなかったけど」
と言ってから彼女は麦茶をぐいっと飲む。
「かけるはヘタレ紳士だから、まさかふたりきりになったからって紗世さんを口説いたとは思わないし」
否定はできないけど、何だかちょっと俺に対してトゲがある気がする。
「まあまあ」
紗世さんが微苦笑して制止した。
「わたしもお風呂に入ってきますね」
そうなんだよな、彼女の番だと思って見送る。
桂花は俺と向き合う位置にゆっくり腰を下ろす。
「で? 何だったの? いまの?」
ふたりきりになったところで彼女が単刀直入に聞いてくる。
俺相手なら遠慮はいらないって判断だろう。
俺だってどちらに聞くかと言えば、桂花を選ぶので気持ちはわかる。
「うーんと、紗世さんが進路について意見をくれたんだよ」
俺は必死にない知恵を絞って当たり障りのない言葉を探す。
風呂からあがって時間がたつのに汗をかいてきた。
「それで?」
と桂花はおだやかに続きをうながす。
「んで、Vとプロゲーマーを兼業でやるのもひとつの手じゃないかって。もちろん事務所が許せばだけど」
「なるほどね。それはいいアイデアだと思うわ」
俺の説明を聞いた彼女は納得し、ひとつうなずいてみせた。
彼女もか。
「それで喜んでふたりで盛り上がっていたら、というわけね」
「そうだよ」
桂花は完全に合点がいったようで、トゲトゲした空気が消える。
何だろう、漫画で見た彼女に浮気を問い詰められたみたいな。
いや、空気が近かった気がするってだけなんだけど。
桂花と俺は友達かもしれないが、そういう関係じゃないし。
どっちかと言うと俺がうっかり紗世さんにハラスメントまがいのことをしなかったのか? を疑っていたのかも。
そっちのほうがよっぽどありえそうだ。
「かけるはいいよね。はっきりとした強みがあるから。わたし苦手はないけど、得意もないからな~」
桂花は自分にうんざりしているような口調で言い、ため息をこぼす。
何か気が利いたことを言えたら……と思うが何も浮かばない。
優しく力になってくれるこの女の子に、俺だって何かできることがあればいいんだが。
「チーム戦、あるんだけどね。ゲームには」
とりあえず黙ってるのもアレかと思って意見を言ってみる。
「いやー、ボア先輩でしょ、チームに誘うなら。わたしふたりにはついていけないから」
桂花は首を横に振った。
練習すればと思うけど、本人にその気がないのを強引にすすめるのはよくない。
どうしよう、もう何も思い浮かばないぞ。
俺がもっとすごいやつだったから、ここぞとばかりに彼女に手を差し伸べることができるんだろうに。
ひとり悔やんでいると不意に桂花が微笑む。
「そんな顔しないで。そばにいてくれて、一緒に悩んでくれるだけでじゅうぶんうれしいし、心強いから」
「……そういうものなのか?」
何の力にもなれない俺をなぐさめてくれるんじゃ?
「父親も弟もそうだけどさ、何か男って解決策を出せばいいと思ってない?」
桂花はからかうような口調だったけど、俺にはグサッとくる。
たしかに解決策をと思っていた。
「べつにいいんだよ。一緒にいてくれたら」
桂花の表情はやわらかくついつい見とれてしまう。
マジで顔がよすぎる。
ボア先輩もすごい美人だったし、ペガサスって女の子は顔で選んでるんじゃないだろうな? なんて考えが一瞬頭をよぎった。
湯上がりのせいか、いつもとは印象も違うし。
「一緒にいるだけでいいのかと思っちゃうから、俺はダメなのかな」
煩悩を追い払うために言葉をひねり出すが、弱音を吐くことになってしまった。
「ダメじゃないよ。それだけわたしのことを想って必死になってくれてるってことなんだから。うれしいよ」
桂花はそっと笑う。
「そ、そっか」
優しく肯定されると何だか恥ずかしくなってくる。
役立たずじゃなくてよかったとすこし安心した。
そして彼女の心配してるはずのに、と自嘲めいた感情もある。
「話を聞くだけなら俺でもできると思うけど、紗世さんのほうが適任じゃないかな?
という気持ちはあるんだ」
同性で人生経験も上の紗世さんほど役に立てない。
それは真実だと思う。
「紗世さんにしかできないことはあるだろうけど、かけるがいいことだってきっとあるよ」
桂花はそう言った。
それ言われるともう何もないな。
「俺だって桂花のほうがいいことだってあるもんな」
それは男女で同じなのかもしれない。
「!?」
桂花は一瞬ぎょっとしたものの、
「そうよね。同年代だからこそってものはきっとあるよ」
と同意する。
「だよね」
俺たちはうなずきあい、そのあと雑談に切り替わっていく。
と言ってもゲームや漫画、アニメの話が中心だった。
「桂花ってけっこうアニメ見るんだな」
「そうよ。だからVに来たっていうのもあるの」
と桂花は答える。
あんまりオタク話できないのは女子も同じなのかな?
紗世さんも同じようなことを言ってたと思う。
「探せばいるもんだよな。漫画やゲームの話ができる相手」
「本当にね」
俺たちはそう言って笑った。
一緒にゲームできる相手もいなかった俺としては驚きだ。
「桂花は学校だと女子のリーダーってイメージだな」
いいタイミングだったので前から思ってたことを告げる。
「何それ。まあ間違ってはないけど」
「間違っていないのか」
やはりなという想いが一番強い。
桂花は顔もよく仕切れる性格だ。
女子のリーダーがどうやって決まるかなんてわかるはずもないが、彼女ならぴったりくる。
「かけるはひとりで小説読んでるか寝てるタイプに見えるね」
お返しと言わんばかりに桂花に推測された。
「よくわかったな。そのとおりだよ」
ブックカバーをかけたライトノベルを読むか、寝ていることがほとんどだ。
携帯ゲーム機はもちろん、ソシャゲを校内でプレイするのは禁止されている。
もしかしたら隠れてこっそりプレイしている生徒はいるかもしれないが、俺にそんな度胸はない。
「……その気になれば友達できそうなのに」
と桂花は言う。
「うーん。ネガティブな予想があれこれ浮かんじゃって無理なんだよな。桂花や紗世さんはもう素の俺を受け入れてくれてるから、安心感があるんだが」
同じクラスの連中相手だととてもそうはいかないのだと説明する。
「そうなんだね」
と桂花は寄り添うように言う。
「わたしも知らない人だと手さぐりになるよ。かけるはきっと優しいから、余計に考えちゃうんだね」
「そうなんだろうか?」
我ながら首をかしげたくなったけど、考えすぎるというのはあるかもしれない。
「……俺は失敗するのが怖いのかもしれない」
と自己分析してみる。
「人にがっかりされたくないってことかな? それはかけるが優しいからだよ」
「わたしも同感ですね」
桂花の言葉に紗世さんの声が重なった。
「あら、紗世さん」
「いいお湯でしたね」
と紗世さんが言うので自然と視線が向く。
グレーのトレーナーにジーンズという野暮ったい格好だけど、彼女が着るとカタログモデルみたいに見える。
美人は得だなと思うし、桂花とは違った色気があった。
じろじろ見るのは失礼なので彼女の目に自分の視線を合わせる。
「人の期待に応えたいという想いは素敵だと思います。かけるくんはその素敵な点を捨てることなんてないと思いますよ」
と紗世さんは桂花の隣に座りながら言った。
「そうなんですかね?」
変えようと思うと捨てることになるのか?
「よくわかんなくて、混乱してきました」
いまのままじゃダメなのかなと思うことはあるんだが、ふたりがかまわないと言うのならとりあえずあせる必要はなさそうだ。
「いいんじゃない? 一歩ずつやっていけば」
と桂花に言われる。
「そうですよ。何でもコツコツ積み重ねていくのが重要だと思います」
紗世さんも彼女に賛成した。
「たしかに」
ゲームだって同じだからな。
いきなりボスを倒せるようにはならない。
強い武器を使いこなすためにも練習が必要だ。
まずはあせらない、あわてない。
このことを意識したほうがいいようだ。
すぐにできなくてもいい。
桂花と紗世さんに言われてちょっと気が楽になったと思う。
こうして合宿初日が過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます