第47話「勉強会合宿⑥」

 紗世さんは配信を終えると下に降りてきて、再び三人が揃う。


「このあとまだ時間があるけど、どうします?」


 と桂花が紗世さんに聞く。

 たしかにまだ21時にもなっていない。


「そうですねー。みなさんは普段何時くらいに寝るのですか?」


 と紗世さんが質問を返す。


「俺は深夜0時か1時が多いですね」


「わたしも似たような感じかな。勉強するときは2時くらいですけど」


 俺と桂花はそれぞれ答える。


「ならもうすこし時間はありますねー。リフレッシュも兼ねて何かいっしょに遊びませんか?」


 と紗世さんが提案してきた。


「いいんですか? 勉強やらなくても」


 俺はすこし不安になる。


「毎日コツコツ積み重ねていくのが一番ですよ」


 と紗世さんは微笑む。


「熱心なのはえらいけど、いきなり頑張ってもたぶんあとで息切れしちゃうわよ」

 

 と桂花も言う。


「そんなものですかね?」


 首をひねる。


「勉強をする体力ってすぐに作れるわけでもないですから」


 と紗世さんに優しく言われた。


「じゃあ……ゲームしようかな?」


 俺は言いながら桂花のほうをうかがう。


「いいんじゃない? 三人で親睦を深めるためにもね」

  

 桂花は笑顔で賛成する。


「ふふふ」


 と紗世さんはうれしそうに笑った。


「ゲームはいろいろありますよ。トランプとかいかがです?」


 彼女のアイデアに桂花が俺を見る。


「かけるはいいの?」


「いいよ。俺、家族以外とトランプで遊んだことないし」


 彼女の問いに即答した。


 子どものころ誰かに遊びに誘われたり、みんなの輪に入れてもらったという記憶もない。


「ふたりがいいならやってみたいな」


 初めての経験だ。


「そっか。じゃあわたしたちといっぱい思い出を作りましょ」


 と桂花が応じる。


「素敵な時間にしましょう」


 と紗世さんは言ってから立ち上がり、トランプを持って戻ってきた。


「三人で遊ぶとなると大富豪? それともポーカー? 神経衰弱や七並べもあるわね」


 と桂花が言う。


「どれも聞いたことがあるな」


 もちろんやったことはない。

 いや、母さんとポーカーはやったことがあるかもしれない?


 いずれにしろ覚えてないレベルでの経験がある。


「かけるくんは何がやってみたいですか?」


 と紗世さんが気をつかってくれたけど、俺には答えられない。


「もしかしてかける、どんなゲームかルールも知らない?」


「知らないな」


 桂花の勘は正しかったので、うなずいて認める。


「じゃあルールから説明するわね」


 と桂花が説明してくれた。


「なるほど」

 

 何となくわかった気がする。


「やりながら覚えてみるほうがかけるくんにはあってるかもしれませんね」


 俺の表情を読み取った紗世さんが言った。

 内心同意見だったの首を縦にふる。


「じゃあ神経衰弱からする? ルールは単純でしょ?」


「まあな」


 同じ数字、もしくはキングやクイーン同士ペアが出たらもらえるというのは、単純でわかりやすい。


「わかりました。では神経衰弱からですね」


 と紗世さんがカードを切って配る。


「かけるは三番めのほうがいいかもです」


 と桂花が発言し、彼女はうなずく。

 そして神経衰弱がはじまり、俺は負けた。


「初めてで6組とれたなら悪くないわよ」


 と12組をとって勝った桂花がなぐさめてくれる。

 

「桂花強いなぁ」


 感心すると彼女はちょっと複雑そうな顔になった。


「もう一回やる? それともほかのをやってみる?」


 口に出したのは俺に対する質問。


「うーん、せっかくだしいろいろやってみたいかな」


 負けて悔しい気持ちはもちろんあるんだが、それ以上に「親以外の誰かとトランプで遊んでる」という状況が楽しい。


「オッケー。じゃあ七並べをやってみましょうか?」


 と言って桂花が今度はカードを切って配る。

 ……勝ったのはまた桂花で俺が最下位だった。


「七並べは運の要素が大きいからね」


「それは何となくわかったと思う」


 勝ち誇るわけでもなく俺のフォローをしてくれる桂花に、微笑を送っておく。


 負けてばかりだと気をつかわれてしまいそうだから勝ちたいんだが、初めてやるゲームでいきなり勝てない。


 だからとにかく楽しんでいることを伝えようと意識する。


「次はポーカーをやってみたい」

 

 と要求すると桂花は笑顔でうなずき、またカードを切って配ってくれた。


「ツーペア」


 と桂花がカードを出し、


「ワンペアです」


 続いて紗世さんがカードを見せ、


「これは何て手札なんだろう?」

 

 俺は全部がスペードになっている手札をふたりに見せながら聞く。


「フラッシュじゃない」


「強い手札ですよ」


 ふたりは目を丸くしている。

 よくわからないが、俺が勝てたらしい。


 負けてもいいんだけど、勝てたのはちょっとうれしいな。


「桂花の連勝を阻止できた」


 とちょっとふざけて言ってみると、


「阻止されちゃったわね」


 桂花は悪乗りして微笑む。


「桂花さんもかけるさんも強いですね」


 紗世さんは優しく俺たちを見守るような笑顔で言った。

 この人は勝負ごとに向いた性格してないからか、そこまで強くはない。


 ただ運が絡む勝負はけっこう強そうだ。


「トランプ以外には何かあります?」


 と俺は興味本位で紗世さんに聞く。


「ボードゲームと据え置き機のゲームがありますけど……今日全部やっちゃうおつもりですか?」


 彼女はすこし目を見開き、それから珍しくからかうような笑みで聞き返してくる。


「その発想はなかったですね」


 紗世さんの家にどれくらいゲームがあるのか知らないが、さすがに一日で全部できるはずがない。

 

「紗世さん、冗談も言うんですね」


 と桂花がコロコロと笑う。


「わたしだって言いますよぉ」


 紗世さんはひかえめに微笑み主張する。


「ごめんなさい。勝手なイメージを持ってたかもです」


 俺が謝ると、


「いいんです。よく言われますから」


 紗世さんは笑って許してくれた。

 そして腕時計を見る。


「そろそろお風呂に入りませんか?」


 と言った。


「いいですけど、順番はどうします?」


 女子を優先するべきなのか、俺が一番なのか。

 それとも女子、俺、女子のほうがいいんだろうか?


 「男が入ったあとに入るのがいや」な場合と、「自分のあとに男が入るのはいや」なパターンがあるんじゃないか。


 勝手にそんなことを思ったのだ。


「くじ引きでいいんじゃない? それともかける、一番じゃなきゃいやだとか?」


 と桂花に言われる。


「そんなことないよ。何番でもいい」


「わたしも。紗世さんもですよね?」


 桂花に聞かれた紗世さんは微笑む。


「そうですね。くじ引きにしましょうか」

 

 何かふたりの反応が軽くて、自分が考えすぎていたことに気づかされる。

 紗世さんが紙にボールペンで書いたくじを使って順番を決めた。


「俺が一番か」


「わたしが二番ね」


 一番が俺、二番が桂花、最後に紗世さんとなる。


「何かいいわね。修学旅行みたい」


 なんて桂花が言った。


「そうかもしれないな」


 ぼっちの俺にはよくわからないが、みんなこんな感じで楽しんでたのか?


「とりあえず最初だから行ってくるよ」


「案内しますね」


 俺が言うのと同時に紗世さんも立ち上がる。


 二階の一区画にあるバスルームと脱衣場だけど、それぞれ六畳間くらいは余裕である広さだった。


 白を基調とした内装は紗世さんらしい落ち着いた印象を受ける。


「これがボディソープ、これがシャンプー、これがリンス、これがトリートメントです。自由に使ってください」


 と指さされたのはどれも女性向けっぽいものだった。

 そりゃそうかと内心自分にツッコミを入れつつ彼女の言葉にうなずく。


「自分でも石けんを持ってきたほうがよかったかもしれませんね」


 お高いんだろうなと思いながらついつい口に出すと、


「気にしなくていいんですよ」


 と紗世さんに笑われる。

 彼女は何も気にしないのだろう。


 お言葉に甘えることにしよう。

 まるで銭湯かどこかにでも来たような気分になりつつ、俺は風呂につかった。


 もともとゆっくりつかるタイプじゃないし、ふたりを待たせているという感覚もあったから早めにあがる。


 外に出るとふたりは二階にあがってきていて、俺を見て目を丸くした。


「もっとゆっくりしてくれてもよかったんですよ」


「うちの弟も早いけど……男子は早いのかな」


 もっとも桂花は弟がいるからか、そこまで驚きでもなかったらしい。


「次は桂花だろう?」


「ええ、そうね」


 桂花はセットを持って脱衣場に消える。

 ふたりになったところで話題がないなとふと気づく。


 これが桂花だったら進路のことや勉強のこと、同学年ならではの話題を持ち出すことができたんだが。


「かけるくんはとりあえず進学なんですか?」


 と紗世さんのほうから話を振ってくれた。


「まだ何も決めてないんですよ」


 俺は正直に答える。

 何も決めてないから何も考えてなかったというのが正しい。


「プロゲーマーになるという道、挑戦しないのですか?」


「……そこは事務所と相談でしょうか」


 紗世さんの問いには当たり障りのないもので避ける。

 彼女におそらく他意はないのだろう。


「あ、そうですね。Vをやめるにしろ、続けるにしろ、事務所には伝えないといけませんね」


 と言う紗世さんの言葉は正しい。


「ただ、ペガサスならかけるくんがVチューバープロゲーマーになりたいなら、応援してくれる気もするのですけど」


 だが、続けて放たれた彼女の言葉にはショックを受ける。

 Vチューバープロゲーマーだって?


「……その発想はなかったですね」


 びっくりして彼女の天使のような美貌を見つめる。


「てっきりプロゲーマーになるなら、Vはやめないといけないかと」


 だから深くは考えてこなかったんだ。


 せっかくみんなに認められ、固定給や投げ銭という収入を見込めているのに、ものになるかわからない道を選ぶなんて。


「わたしも詳しくはないのですけど、プロゲーマーってたしかスポンサーがいたほうがいいのですよね? ペガサスがなってくれるなら、それが一番ではないですか?」


 と紗世さんはさらに言う。


「たしかに。すごいですね、紗世さん。ありがとう!」


 俺は思わず立ち上がって、何度も礼を言った。


「い、いえ。あなたのお役に立てたならいいのですけれど」


 紗世さんは頬を赤らめて、恥ずかしそうにもじもじしている。


 どうしたんだろうと思って彼女の視線を追ってみると、いつの間にか俺は彼女の手を握りしめていた。


「ご、ごめんなさい」


 あわてて手を放して謝る。


「い、いえ。それだけわたしが役に立てたということなのでしょう」


 紗世さんもいつもと比べて1.5倍くらい早口で許してくれた。

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