第46話「勉強会合宿⑤」

『俺の配信はここで終わりかな。次はモルモの配信だと思う』


 と告げる。


【コメント】

:あいさつは?

:締めのあいさつw

:あいさつはやれよw


 

 コメントを見てうっかり忘れていたことを気づく。


『おっとごめん。あいさつ忘れてた』


 と謝って配信を終了させる。


【コメント】

:忘れんなw

:最後まで抜けてるなぁ……

:まあバードさんらしい

:何かうっかりやってこそ鳥みたいなところある



 締まらない最後になってしまった。

 ちょっと反省しつつ、モルモの配信を見るために待機しよう。


 お茶をもらったところで紗世さんがおりてくる。


「配信お疲れさまです。今日もすごかったですね、タイムアタック」


 微笑みながらねぎらってくれた。


「どうもです」


 すごくないと思うんだが、言っても彼女を困らせるだけだろう。

 紗世さんはお茶を飲んだあと、俺と向かいあうようにソファーに腰を下ろす。


「あれ? 桂花のところにいないんですか?」


 俺のときとは違い、桂花の配信なら紗世さんが入っても問題ないだろう。


「ええ。ふたりで話したんですけど、コラボでもないですし念のため個別配信しようかなと。お泊りするとはまだ言ってないですし」


 と紗世さんは説明する。

 そう言えばそうだったっけ?


「ふたりでコラボもいいんじゃないですか?」


 お泊まりコラボも彼女と桂花さんならいけるはずだ。

 てぇてぇ分を補給できるとファンたちも大喜びするだろう。


「やっぱりかけるくんは気づいてないですよね」


 なぜか紗世さんに苦笑される。


「それだとあなたを仲間ハズレにしてるように見えてしまうかなと。それは不本意ですしね」


「うーん? 男女の差がある以上、仕方ないんじゃないですか?」


 俺は首をひねった。


 たしかに三人で勉強会したあと、俺以外のふたりがコラボをしたら、そんな風に見えるかもしれない。


 だが、どうしようもないことじゃないか?


「わたしと桂花さんがいやなんですよ。そういうお話なんです」


 紗世さんが苦笑を深めながら言った。


「あ、はい」


 たしかにふたりがそう思ってくれてるなんて、まったく気づいてなかった。


「ごめんなさい」


「謝ってもらうことじゃないですよ」


 紗世さんはいつもの優しい笑顔に戻る。


「とりあえず桂花さんの配信を見ましょう?」


「そうですね」


 俺たちはそれぞれ端末を取り出して、モルモのチャンネルにアクセスした。


『こんモルー。今日は雑談配信をするわよー』


 とモルモがあいさつをする。


【コメント】

:こんモル

:今日は雑談枠か

:勉強会どうだったのか聞きたい

:モルモちゃんから見たラビちゃんとか鳥とか

:自分も気になるな



『バードはとりあえず締まらないあいさつをしてたわね。この配信が終わったあとはいじっちゃおうかなぁ』

 

 とモルモがさっそく小悪魔ムーブをはじめた。


【コメント】

:草

:草ァ

:まあ当然ネタにされるわな

:平常運転と言えばそれまでだけどね



『ラビさんはね、教えるの上手だったわ。わたしがわかんなくて困ってたところ、いろいろ教えてもらって得しちゃった』


 とモルモがうれしそうに話す。

 たしかに桂花さんの教え方は上手かった。


 もしかしたら相性やら何やらあるのかもしれないけど、家庭教師としてじゅうぶんやっていけそうだと思う。


【コメント】

:ラビちゃん、教えるの上手いのか

:解釈一致

:教え上手なお姉さんに優しく教わりたい

:わかる

:俺もラビちゃんに教わりたい人生だった

:鳥がかなりうらやましい展開

:そうだよな

:変わってほしい



『バードのほうは正直苦戦してたわね。基礎の段階でわかんないところがあって、面倒だから放置していた感じかな』


 とモルモが言う。


【コメント】

:あるある

:おや? 俺かな?

:つまり鳥は俺だった?

:心当たりある人多すぎて草

:俺にも身に覚えはあるな…



『わたしは教えるのが上手ってわけじゃないし、経験もないけどラビさんが何とかしてたわよ』


 とモルモはさらに話す。

 目の前でラビさんがちょっと照れている。


「言っちゃってもいいのでしょうか?」


 それからハッとなって俺に聞いてきた。


「べつにいいですよ」


 リスコードの個別で桂花にも聞かれたが、気にしないと答えてある。

 だからモルモチャンネルで遠慮なくしゃべっているのだ。


 コメントでも紗世さんと同じ疑問が出る。


『バードの許可はとってあるわよ。ラビさんにお世話になったのは事実だし、平気だって。彼、懐が広いわよね』


 モルモはそう言って俺を褒めた。

 

【コメント】

:なるほど、許可とってあるのか

:まあこの配信だって見てるだろうしな

:そりゃそうだよ、同期で仲いいし

:疑ってごめん


 

 疑問を投げた人が謝る展開になっている。


『いいのよ。バードを心配してくれたんだろうし。ってわたしが答えることじゃないか』


 とモルモは言ってから自分で自分にツッコミを入れた。


【コメント】

:草

:まあ鳥は許すだろうけどな…

:草

:大丈夫、気にしてないよ<バード・スカイムーブ>

:本人いたか!

:これはてぇてぇ

:タイミングを見てコメントとかいろいろはかどる

:モルバードはあったんだ!

:ラビちゃんは? 俺はラビバード派なんだが?

:ラビモルこそ王道だろ

:コメントが加速してて草



『はいはい、みんな落ち着いてね。バード、お疲れさま。締まらないコメントはらしかったわね。思わず画面越しにツッコミ入れたけど』


 とモルモがニヤニヤしているのがわかる声色で言い放つ。

 ここぞとばかりにいじりに来たか。


【コメント】

:いじりに来て草

:仲いいよな

:見てて楽しい

:俺もモルモちゃんにいじられたい…



 俺はもうコメントしないほうがいいな。

 俺とのやりとりがメインになってしまったらモルモにもファンにも悪い。


『そう言えば許可あるから言うけど、いまラビさんの家にいるんだよね』


 とモルモは言う。

 

「許可したんですか?」


「ええ。具体的なことを言わなければ平気だと猫島さんもおっしゃってましたし」


 紗世さんは微笑で答える。


「バレたところでボディーガードのみなさんに撃退されそうですけどね」


 彼女だけは安全だろう。


「そういうお話なんでしょうか」


 紗世さんが困った顔になったので、この話はやめるとしよう。

 会話はとぎれてふたりで桂花の配信に集中する。


『それじゃ今日はここまでにするね。このあとラビさんの配信がはじまるから、移動して。モルモとの約束、だ、よ?』


 いつもの小悪魔ボイスでモルモはファンに呼び掛けていた。

 

【コメント】

:もちろん

:行く行く

:モルモちゃんの配信が終わったら秒で移動せねば



 ファンもそのことで盛り上がりながら、彼女の配信は終わる。


「次は紗世さんのターンですね。俺、上に移動したほうがいい?」


 風呂は上の階にあるらしいし、どうせあがることになるのだ。


「いいえ。わたしが上にあがって、桂花さんが下に降りてくることになっています」


「そうなんですね」


 紗世さんが言うならと受け入れる。

 理由はちょっと想像できないけど、彼女の家だからな。


「ではまたあとで」


「はい」


 笑顔でおじぎされたので、反射的におじぎを返して彼女を見送る。

 すこしの間を置いて配信を終えた桂花がコップとスマホを持っておりてきた。


「お疲れー」


「かけるもお疲れさま」


 笑顔でシンプルなあいさつをかわす。


「さっそくいじられたな」


 と俺はニヤニヤしながら言う。

 べつに怒ることじゃないし、同期だとおいしいネタになるんだろうとは思う。

 

「いじられるようなやらかしをしちゃったのかけるでしょ?」


 桂花もニヤッと返す。


「まあな」


 と認めてお茶を飲む。


「どうしてやらかすかなー」


 自己嫌悪とともに反省する。


「まあまあ。おかげでわたしが拾って盛り上がれたんだし。ふたりがかりならおいしいネタでいいんじゃない?」


 桂花は気にするなと微笑む。

 彼女の機転と優しさに救われたなと感じる。


「お世話になりました」


 かしこまって言うと、


「何よ。わたしのほうこそ、かけるのお世話になりまくってるよ?」


 彼女は吹き出してから返事をした。


「うーん、水掛け論になる予感」


「ほんとにね」


 俺たちは笑いあう。


「あ、紗世さんの配信がはじまるよ」


 と桂花は笑みを引っ込めて言ってくる。


「大丈夫。すでにアクセスしてるから」


 そんな彼女に俺は自分のスマホ画面を見せた。


『こんラビー。今日はモルモさんとバードくんと勉強会したのですよ』


 いつもの清楚な癒し系ボイスで、ラビさんがあいさつする。


【コメント】

:こんラビー

:モルモちゃんも言ってたね

:ラビちゃんから見てふたりはどうだった?

:何だかんだふたりともラビちゃんに教わったみたいだったよね



 勘のいい視聴者たちは、紗世さんが教師役として忙しかったと気づいているようだった。


『モルモさんは基礎ができているけれど応用が苦手、バードさんはまず基礎を固めるところからという印象でしたね』


 とラビさんはおっとりと答える。


【コメント】

:解釈一致

:鳥はほんと勉強してなかったっぽいからな…

:モルモちゃんは自分でやれることはきっちりしてそう

:わかる

:あのふたりけっこう対照的だしね



「たしかに俺たちは対照的だな」


「ほんとね」


 お互いうすく笑って肯定し合う。


「考え方も性格も違いすぎる相手、それも女子と仲良くなる展開なんてVデビューするまで想像すらしたことがなかったな」


「わたしもだよ。学校とかだとかけるみたいな男子と、接点はほぼないだろうしね」


「わかる」


 桂花が言いたいことに共感できたので大きくうなずいた。


「Vが結ぶ縁ってあるんだよね」


「奇遇だな、同じことを思った」


 なんて俺たちは言いながら紗世さんの配信を見守る。

 俺と違ってやらかすことなく、桂花と違っていじったり煽ったりすることもない。


 安定感マシマシの癒し系配信だった。



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(作者より)

5月29日より体調不良が続いているせいで、ストックが枯渇しました。

更新が遅れたらごめんなさい。

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