第43話「勉強会合宿②」

「男の子がどれくらい食べるのか想像できなかったので、かけるくんには物足りないかもしれませんけど」


 と紗世さんはちょっと心配そうに言う。


「いえいえ。物足りないなんてとんでもない」


 俺は必死に首を横に振る。


 彼女くらい顔もスタイルもいい女性の手料理をごちそうになるのに、文句を言うなんてありえないだろ。


 ちょっとはV関連のことがわかりはじめたいまなら、これは炎上案件だと想像ができる。


「足りなかった場合なのですが、スイーツならあるんですよね。もちろん桂花さんもどうぞ」


「スイーツは別腹です」


 紗世さんの言葉を聞いた桂花は目を輝かせながら意気込む。

 女子ってすごいな。


 

「全部美味しい」


 というのが正直な感想だった。


「ありがとうございます。お粗末さまでした」


 と紗世さんはにこりとする。


「こんな美人でお嬢様で、料理もできるなんて反則じゃない? いま流行りのチートってやつね」


 桂花はちょっとひねった言葉で絶賛していた。

 お金をとれるんじゃないかな? と俺もちょっと思う。


「褒めすぎですよ」


 紗世さんはやや照れている。


「食べてもらったのは基本家の人だけですから、本当の評価はわからなかったのですよね」


 と事情を明かす。

 男が食べるのは俺が初めてらしいから、メイドさんたちかな?


 それともお母さん?

 なんて俺が想像していると桂花がこっちを見ながらニヤッと笑う。


「どう? 紗世さんの手料理を初めて食べた男になった気分は?」


 からかわれているのがはっきりしてたので、笑って聞き流す。

 初めての部分を強調したのは桂花なりのジョークだろう。


 ただ、紗世さんはそうもいかなかったらしく、耳まで真っ赤にしてあわあわしている。


「紗世さん、落ち着いて。桂花の思うつぼだよ」


「あ、はい……」


 俺が優しく声をかけると、紗世さんはこくこくうなずいたあとゆっくりと深呼吸をくり返した。


 図らずも立派なメロンがはっきりわかってしまったので、紳士的対応をする。


「かける、意外とからかいがないわね」


 と桂花は悪びれずに感想を言った。


「おまえの小悪魔ムーブ、あれって単に仕事用ってだけじゃなかったんだな」


 できればやめてほしいと抗議する。


「ふふふ」


 ところが桂花は意味ありげに笑っただけだった。


「夜はわたしが料理を作るつもりなんだけど、かけるは何が食べたい? ハンバーグ?」


 そして話を変えようとするように、質問を投げてくる。

 俺の会話を覚えてくれていたのか、と思うと同時に疑問もあった。


「ハンバーグは食べたいけど、俺のターンは?」


 と問いかける。

 女子ふたりに作ってもらうのに俺だけやらないのはどうかと思うのだ。


「かけるって料理できるの?」


 桂花に純粋な疑問を切り返されて言葉に詰まる。


「……できない。カップ麺なら作れるけど」


 カップ麺は料理とは言えないだろう。

 紗世さんの素敵な手料理を食べたあとなら、余計にだ。


「ならここはわたしたち料理できる組に任せて。気持ちだけでじゅうぶんだから」


「うん」


 桂花の言うことはもっともだな。

 

「かけるくんのお気持ちはありがたいので、そうですね……洗い物は手伝っていただけますか?」


 すこし考えた紗世さんが提案してくれる。

 何かをしたいという俺の気持ちを汲んでくれたのだろう。


「あ、洗い物ならやれると思います。家でもやってるので」


 めったに両親はいないので、洗って片づけるくらいできないと困るせいでもあった。


「へえ、じゃあかけるに洗い物を任せたらどうですか? そのほうがかけるも気は楽でしょ?」


 桂花は紗世さんに提案しつつ、俺にも同意を求める。

 まったくそのとおりだったので、こくりとうなずいた。


「そうですか? ではお願いしようかしら」


 紗世さんは不本意そうながら認めてくれる。

 お客様をもてなしたいという感じなんだろうか?


 俺としては客と言うよりは友達のつもりでいるつもりだ。

 ……正確性を求めるなら仕事仲間なんだろうけど。


 食器はみんな持ってきてくれたので、俺は洗うだけでよかった。

 流し台はピカピカで手入れの行き届きっぷりがすごいなと感心する。


「たしかに慣れた手つきね。安心してみてられるわ」


 とすこし離れたところまで来ていた桂花が言う。


「チェックしたようでごめんなさいね」


 と紗世さんが詫びたが、黙って首を横に振る。

 俺の自己申告を信用してもいいのか、女子たちが判断しかねたのは理解できた。


 自分で料理も作れない高校生男子が、洗い物だけはできるって言われたら、そりゃなあ?


「いいんだよ。俺だって同じ立場だったら、すこしは不安になるよ」


 と笑う。

 

「てか食器洗い機って置いてないんだね」


 俺は紗世さんに言った。


「ああ、わたしはなくてもいいかなって。基本自分の分だけですから」


 彼女は答えて微笑む。

 なるほど、自分ひとりの分をやるだけなら苦に思わない性格なのか。


「それならいらないんだね。紗世さんはえらいな。俺なら面倒だからほしいと思っちゃうよ」


 と応じる。


「わたしもかけると同じかな。紗世さんマメでえらいわね」


 と桂花も俺に同調した。


「やだぁ、好きでやってるだけですよぉ」


 照れる紗世さんはメチャクチャ可愛く、反則的だった。

 見ているだけで癒されるなぁと思っていると、俺の視線に気づいた紗世さんが、


「かけるくん、プリンはどうですか?」


 と聞いてくる。

 彼女にしては珍しくすこし早口だった。


 からかい続けるのはかわいそうなので、話題転換に乗る。


「いいですね、いただきます」


「わたしも欲しいです!」


 俺が答えた直後、桂花は右手を小さく挙げてアピールした。


「はい。じゃあみんなで食べましょうね」


 と言って紗世さんは微笑みながら三人分のプリンを冷蔵庫から取り出してくれる。

 成條の名前が見えたけど、どっかの専門店かな?


「みんな入るんだな」


 俺は女子ふたりに感心する。


「まあね。乙女の神秘、ナメちゃダメよ」


 なんて桂花はいたずらっぽく言う。

 神秘かぁ、たしかに女子に関しては俺からすれば謎だらけだ。


「ナメてるつもりは……わかんないことだらけだし」


 本音を打ち明けると、


「わたしからすれば男性もわからないので、お互いさまだと思いますよ」


 紗世さんが優しくフォローしてくれる。

 お互いさまだと言われるとちょっと気持ちが楽になった。


「まあね。違う生き物なんじゃないかなーって弟を見てると思うもん」


 桂花もしれっと言う。

 そしてプリンを口に入れて、


「おいしー♡」


 と相好を崩す。

 至福の顔につられて俺もスプーンですくってひと口入れる。


「お、美味しい」


 難しいことはよくわかんないけど、かなり美味しいことだけはたしかだ。


「よかったです、お口にあって。ここのプリン好きなので」


 紗世さんは安心したように微笑み、自分でも味わう。

 美味しいは正義だな。


 勉強会合宿に対する緊張はあったんだが、美味しい手料理とプリンをごちそうになってるうちにどっか行ってしまった。


 我ながら単純だなと内心で苦笑する。

 食べ終えたプリンをゴミ箱に入れたところで、


「紅茶とコーヒーとどっちがいいですか?」


 と紗世さんに聞かれた。

 

「コーヒーですね。美味しい料理を食べて腹がふくれたら、眠気に襲われそうです」


 希望を出すと、


「何ならお昼寝をしますか? 時間的余裕はあるでしょうし」


 紗世さんに優しく言われる。


「それはちょっと甘やかしすぎじゃないですか? かけるがどれくらい頑張らなきゃいけないのか、まだわかってないですよ?」


 桂花が苦笑気味に反対したが、個人的には同意見だ。


「お気持ちはうれしいんですが、俺は桂花に賛成ですね」


 俺のために言ってくれただろう紗世さんには申し訳ないけど。


「いえいえ、ひとつの提案にすぎなかったのですから、気にしなくても大丈夫ですよ」


 厚意を無下にする答えになったのに、やっぱり優しい。

 紗世さんはやっぱりラビットモのみんなが言うように天使を超えた女神かも。


 直接言うのは恥ずかしいが。


「コーヒー淹れますね。桂花さんはどうしますか?」


「わたしもコーヒーでお願いします」


「じゃあコーヒー三つですね」


 紗世さんは慣れた感じでコーヒーを淹れてくれる。


「コーヒー、好きなんですか?」


 間をもたせる意味も込めて俺は聞く。


「わたしはお茶、コーヒー、紅茶、ハーブティーなどいろいろ好きですね。節操なしなんです」


 と紗世さんは自嘲気味に答える。


「多趣味でいいですね」


 ちょっとうらやましく思いつつ言った。


「ありがとうございます」


 彼女は一瞬意外そうになりつつ、うれしそうに微笑む。


「紗世さん、趣味は多いしセンスもいいのよね」


 と桂花もまたうらやましそうだ。

 気持ちはとてもよくわかる。


「そうだな。紗世さんってセンスがいいよな」


 生まれ持ったものがこんなに違うのか……と思わなくもないが、それだけなんだろうか?


「紗世さんはセンスを磨く努力とかしたんですか?」


 いくら何でも天性だけで差がつきまくるってことはないだろうと思って聞く。


「そうですね」


 紗世さんはすこし驚き、考えてから答える。


「素敵だなと思うものにたくさん触れる機会はあったと思います。そういった経験の積み重ねはあるかもしれません」


「ですよねー」


 桂花はわかっていたと言わんばかりに肯定した。

 

「恵まれているというのは否定できないかもしれませんけど」


 紗世さんはちょっとしゅんとしてしまう。


「人より恵まれてるものがあるとして、紗世さんは磨いてきたんだったらべつにいいんじゃないですか?」


 と俺は首をひねる。


 努力せずにゲットしたことを誇ってるのはちょっとどうかと思うけど、紗世さんはそんな人じゃない。


「……ありがとうございます。かけるくんの考えこそ素敵だと思いますよ」


 紗世さんはジーンときてる顔で言う。


「えっ?」


 きょとんとしたら、


「わたしも紗世さんに賛成かな。かけるって『気づける人』だよね」


 と桂花がどこかうれしそうに彼女に同意している。

 ……女子ふたりにしか通じてないんだけど?

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